クリスマス・ダンスパーティー
八時前のグリフィンドールの談話室はいつもの様子とは違い、色とりどりのドレスやローブを纏った生徒で溢れかえっていた。ひとつの群れのようになった生徒たちは吸い込まれるようにして「太った婦人」の肖像画の穴へ流れている。その中には、フレッドもいた。
フレッドは、グリフィンドール生の波に足を攫われるかのようにおぼつかない足取りで歩いている。もう何人の生徒に肩をぶつけたのかわからなかった。
「兄貴、今からそんなんで大丈夫かよ?」
隣についていたジョージがしらけた様子で言う。からかう価値もないと言いたげな声色だ。
「なんのことだい?俺にはなんの問題もないさ。ジョージ」フレッドが口元を引き攣らせながら答える。自分の中では得意のニヤリ顔をしているつもりだった。
ジョージの苦笑いを横目にそのまま肖像画を抜ける。するとすぐ先にハリーが歩いているのが見えた。ハリーのダンスパートナーのパーバティ・パチルも一緒だ――少し前に、四年生の中で一番の美女姉妹をハリーとロンが獲得したと周りが騒いでいたことをフレッドは思い出した。しかし今はそれを冷やかす余裕もない。彼らを追い越すとき、ジョージは兄に取って代わるかのようにハリーにウィンクした。
教員塔を通り過ぎて大階段に差し掛かった。階段の踊り場はグリフィンドール生に加え、他の寮の生徒たちで今まで以上にごった返している。
「待ち合わせ場所、覚えてるよな?」ジョージが確認する。
「もちろんさ。確か『隻眼の魔女』の像……」
「正気か?」ジョージが悶々としながら叫んだ。「魔女の像ならさっき通ったばかりじゃないか!」
「ああ、そうだったっけか」フレッドはジョージの怒鳴り声に物怖じする気配もなく、間の抜けた声を出した。「正しくは――そうだ、『設計者』の像だ。つまり、ここを降りたすぐ先ってことだな」
「お前……本当にフレッド・ウィーズリーか?」
ジョージは胡散臭そうな顔でフレッドを見た。それはまるで目の前にいる情けない男が、本当に自分の兄なのか疑わしいといわんばかりの表情だった。
『設計者』の像にはまだ誰もいない。フレッドは高揚と緊張を紛らわせるように少し先の玄関ホールを見回してみた――大広間のドアが解放される八時を待って、みんなうろうろしている。他の寮にパートナーがいる生徒たちは、人混みの中を縫うように歩いてお互いを探していた。
「フレッド、双子のよしみで言うぜ」ジョージが片眉を吊り上げて、呆れた表情を浮かべる。「今のままじゃ、お前はミラの足を十回は踏むだろうよ」
「ありえないな」フレッドがむきになって言った。
ジョージは何かを言い返したようだったが、大階段から突然に聞こえてきた群集の足音で掻き消されてしまった。二人は気持ち悪いくらいに足並みが揃った足音に思わず振り向く。スリザリンの一群が、地下牢から階段を上がってちょうど現れたところだった。
先頭に立っているのは四年生のドラコ・マルフォイだ。黒いビロードの詰襟ローブを着たマルフォイは、傲慢な面構えで行進している。
フレッドとジョージが不愉快そうにムッとした表情でスリザリン一行を眺めていると、集団の中にいたグラハム・モンタギューと目が合った。モンタギューは嘲笑うかのようにうす笑いを頰に浮かべながら双子を挑発して通り過ぎて行く。
「なんだ!アイツ」ジョージが息を巻いた。
「おおかた、俺たちにパートナーがいないとでも思ったんだろうよ」フレッドはモンタギューの後ろ姿に歯茎をむき出しにして威嚇するような顔をして悪態をついた。「相変わらず、嫌な野郎だぜ」
「まったくクリスマスだというのに、すごい顔してるね?フレッド?」
後ろからクスクス笑いが聞こえる。フレッドとジョージがその聞き覚えのある声に慌てて振り返ると、ミラが忍び笑いを浮かべながら立っていた。とてもきれいだ。アイボリーの上品なパーティードレスに、背中にはシフォンのマントがゆらゆらと揺れていて、長い髪は後頭部で一つにゆるくまとめられていた。いつも肌身離さずつけていたゴーグルはどこにも見当たらなかった。
フレッドはいつもと違う彼女を目の当たりにして思わず息を呑む。そしてそのまま、何もしゃべれなくなってしまった。
「遅いぜ、ミラ」ジョージが熱っぽく言った。「あともう少し早ければモンタギューのやつに見せつけられたのに」
「それはなんのことだい、ジョージ」ミラは首をかしげて言った。
「ちょっと?その前に何か言うことがあるんじゃないの?」
ミラの背後から甲高い声がする。アダリンが、ミラの肩からひょっこりと首を伸ばしていた。ピンクの袖が膨れたパーティードレスを着ている。それに、いつもの長ったらしい前髪は編み込まれていて、耳上あたりできっちりと留められていた。
「もちろん、心得ておりますとも。ミス・ロイド」ジョージはうやうやしくお辞儀をして答えた。「でも、誰かさんを差し置いて言うわけにはいかないだろ?」
その言葉にミラとアダリン、そしてジョージの視線もゆっくりとフレッドへ移った。しかしフレッドはアダリンやジョージには目もくれず、正気失ったかのようにぼーっとミラだけを見つめている。
「えっと、フレッド?」ミラは心配そうに呆けたフレッドを見つめ返した。「やはり、柄ではなかったかな。このような恰好は……」
「いんや、そういうわけじゃないと思うぜ……」
ミラの悲しそうな顔に慌てたジョージがフレッドの脇腹をつついた。しかし、それでもフレッドは呆気にとられたままだ。ジョージがまだ何かを言ってやろうと口を開いたとき、フレッドはようやくゆっくりと瞬きだけをした。そして、次の瞬間──呪文で言葉を操られたかのような口調で、こう言った。
「ミラ、俺と付き合ってくれないか?」
「はぁ?」
突然だった。ミラは、急に臍の奥が引っ張られるような感じがした。フレッドの言ったことは一言一句、間違いなく英語のはずなのに脳が追いつかない。それなのに体は心臓が破裂しそうなくらい激しく鼓動しはじめている。それに、上瞼が引きつってピクピクしているのが自分でもわかった。あれだけうるさかった玄関ホールのざわめきが、いまは不思議と遠く聞こえる。まるで自分の頭と体が別々の意思を持って、ちぐはぐな動きをしているみたいだ。
このフレッドの突拍子もない告白にはミラだけでなくジョージとアダリンも思わず声をあげていた。
「なにいってんだよフレッド!」ジョージが頭を抱えた。「そりゃあないぜ!ダンスはこれからだっつうのに……」
「なんというか……大胆ね、あなた」アダリンが言う。
二人の呆れ顔を交互に見たフレッドは、ついに正気に戻ったような顔をした。が、もう遅かった。既に口から出てしまった言葉を飲み込む呪文は存在しないのだ。
「ミラ、これは、違うんだ。いや違うとかじゃなくって、その、なんていうかさ――」
フレッドは自分に向かって焦るように言う。どうにか取り繕うとしたが、言葉が続かない。ミラも顔を真っ赤にして口をパクパクとさせていて、話す能力をなくしたかのようだ。事態にもうこれ以上我慢できなくなったフレッドは、アダリンを見た。すがりつくような目線だった。
「あー、ごめんなさい。私、私ね、玄関ホールでパートナーと待ち合わせていて、もう行かなきゃならないのよね──」アダリンはそう言うなり、目を白黒とさせながらジョージに苦し紛れの目配せを送った。「あなたもそうなんじゃない?ジョージ?」
「ン、そうだったかも……」ジョージは示しを合わせるように答える。
アダリンとジョージの二人は顔を見合わせると、逃げるようにして玄関ホールの群集の中へ駆けていく。あっという間に姿が見えなくなってしまった。目線のやり場を失ったフレッドとミラは、観念したようにゆっくりと向き合う。
「フレッド」ミラが最初に声をかけた。「さっきの話だが、タチの悪い冗談なら怒るよ」
「冗談の分別くらいつけられるさ」フレッドは首を横に振った。「ちゃんと話すから、聞いてくれるかい。ミラ」
ミラはこくりと頷く。相変わらず頬は紅潮したままだったが、冷静を保てるだけの余裕はすでに取り戻していた。フレッドはミラが頷いてから、何度も躊躇をするような顔をしたが、やがて語り出した。
「ドレスを着たミラを見て、誰よりも綺麗だって、心から思ったんだ。そしたらきみから目が離せなくなって――気づいたらあんなこと言ってた」フレッドはミラからの視線を避けて言った。「ミラが好きなのはほんとのほんとさ。これはできれば……ダンスが終わったあとに言いたかったんだけど……」
フレッドの言葉はそこから続かなかった。伝えたいことをうまく言葉にできないジレンマで、フレッドは自分の赤毛を乱暴に搔きむしる。
「それは、つまり――」
ミラは何かを言いかけたが、何者かの金切り声がそれを遮った。
「二人とも、そこで何をしているんです!」
マクゴナガル先生だ。ミラとフレッドは嫌な予感を抱えながらのろのろと振り返る。マクゴナガルはきびきびと二人のもとへ寄ってくると、眼鏡をずらしてから二人を険しい目で見た。
「クリスマス・ダンスパーティはすぐに始まりますよ!――ああ、ミス・トウドウ。素敵なドレスですね。普段もそのように身なりを素敵にしてほしいものです」
マクゴナガル先生はミラに皮肉を言い切ると、今度はフレッドに目を向ける。
「そしてミスター・ウィーズリー――貴方の今日のお役目はミス・トウドウをエスコートすることだと思いますが、違いますか?」
「いいえ、まったくもって、その通りです。マクゴナガル先生」フレッドはうんざりしたように答えた。
「善処いたします。マクゴナガル先生」
ミラは日本人らしい皮肉を含めた言い方でお返しをして、マクゴナガル先生の視線から逃れるようにそっぽを向いた――傍らにいるフレッドと目が合う。フレッドは一時の照れを忘れてニヤリとしたので、ミラもおんなじ顔をした。
「まったく貴方たちは……」マクゴナガル先生はシッシッと手を叩いて言う。「もうよいです。わかったのなら、はやくお行きなさい」
マクゴナガルがミラとフレッドに背を向ける。二人はやっと解放されたといったふうに太い息をもらして、大広間に向かってそろそろと歩き出した。
「ミスター・ウィーズリー!私はエスコートをしろと言ったのですよ!」
マクゴナガル先生がまた叫んだ。気を抜いていた二人が、これにはびっくりして飛び跳ねた──そのまま驚きに身を任せてピッタリと身を寄せ合って、ミラとフレッドはどちらから言うでもなく互いに手を伸ばしてとっさに腕組みをした。
大広間の扉まで歩く間、時間がゆっくりと流れているような気がした。こんなにもドキドキするのは、生まれて初めてだ。フレッドはどうなんだろうか。ミラはそう思って、隣にいるフレッドを見上げた。
フレッドもどこかぎこちないような顔をして、頬を赤く染めていた。それを見たミラは思わずクスリとしてしまう。
「俺のこと、なさけない男だと思ってるんだろ」フレッドはむくれて言った。
「違うよ、フレッド」ミラはクスクス笑いが止まらなかった。「いつもはハグなんてなんでもないようなことなのに、腕を組むだけで心臓が破裂しそうになるなんて思ってもみなかったと、そう思っていたんだ」