クリスマスへの誘い

 「ところでフレッド、ダンスパーティーの相手ってもう決まってしまったかな?」
 ある昼下がりの中庭で、ミラは突然フレッドに問いかけた。それは本当に突然で――つい数分前まではフレッドが自分たちの開発した「カナリア・クリーム」がいかに素晴らしいものだったかについて長談義をしていたというのに――ミラの質問にフレッドは思わず吹き出してしまった。続けて、今の自分の醜態が誰かに見られていないかと辺りをぐるりと見渡す。
 クリスマス前の中庭はいつもより賑やかだ。箒を手入れするもの、(魔法の)チェスで遊ぶもの、ミラとフレッドのように「ワイバーンの噴水」に腰掛けて談笑を楽しむもの、生徒は各々の昼休みを浮き足で過ごしている。
 つまり、ミラとフレッドの会話にわざわざ耳を傾けているものはいなかった。(ジョージがこの場にいたら別だ)
 「急にどうしたんだ?」フレッドは自分の動揺が悟られまいと、極めて冷静に見えるように振舞った。「ダンスパーティーなんて、ミラは興味ないと思ってたよ」
 「そのつもりだったんだが、母からドレスが送られてきてね。それに『必ず参加しなさい』と強く念を押した手紙も」
 ミラは「まるで吠えメールを読んでいるような気持ちだったよ」と頭を搔いて、苦々しい顔をした。
 ――ミラのドレス姿なんて何を犠牲にしても見たいに決まっている。フレッドは目の前にいる意中の女子の横顔に釘付けになって、思わず息を呑んだ。
 「フレッド?聞いている?おーい……」
 ボーッと見ていたミラの横顔が急に正面に切り替わっていたので、驚いたフレッドは慌てて視線を外した。
 「それこそ、仲良し・・・のセドリックくんを誘ってやればいいじゃないか」
 フレッドは自分の口から出た言葉に、今度は自分自身に対して驚いてしまった。
どうしてこんな言葉が出たのかはわからないが、慌てていたにしても最悪の選択肢を取ってしまったことだけはわかった。
 ミラを見ると――まさしく困惑といった言葉がピッタリの表情を浮かべている。フレッドは後悔の波が漂う心の中で地団駄を踏んだ。
 一緒に行こうと普通に言えばいいだけのはずなのに、どうしてかこの頃は自身の考えとは別の言葉が口から飛び出してしまうことが何回もある。
 ミラはそんなフレッドの胸中も知らず、一向にこちらを見ないフレッドの顔を覗き込んだ。
 「セドリックって、あのセドリックだね?急にどうしてなんだい?」ミラが聞く。
 「それは、そのだな――」
 珍しく狼狽えているフレッドを見たミラは、先ほどの困惑の顔色にいよいよ心配といったふうな表情が混じり始めた。
 ミラの強い視線にフレッドの横顔が熱くなる。まるで本当に燃えているかのようにジリジリと熱くなった頬に耐えかねたフレッドはたまらず彼女へと顔を向けた。
 「ほら、だって、きみとセドリックは同じ寮だろ?」
 咄嗟に繕ったそこそこ危うい言い訳だとフレッドは自分で思ったが、あいにくミラを納得させるには十分なものだったようだ。ミラはようやくフレッドから顔を離して、合点のいった様子で足元を胡座に切り替えた。
 「なるほどね」ミラは胸まで落ちている長い黒髪をうざったそうに翻す。「でも、セドリックなら既に相手がいるよ」
 「――セドリックに相手?誰だい?」フレッドは不意をつかれた顔で言った。
 「どうやら、少し前からレイブンクローのチョウって子と付き合ってるらしい」ミラはニヤリとした。「彼も隅に置けないな」
 知らなかった、とフレッドは素直に答える。そしてセドリックには既に彼女がいるという事実に、それまでの焦燥が緩んで気軽になっていくのをフレッドは感じた――ミラとセドリックになにか友人以上のことがあるとは一度たりとも疑ったことがなかったので、この気持ちは自分でも不思議だった。
 「じゃあさ、ジョージは――」
 「ちょっと!」
 ミラはフレッドの顔先で指をパチリと鳴らして言葉を遮った。フレッドは驚いて瞼をぱちくりとさせる。
 「さっきからセドリックがどうとか、ジョージがどうとか…」ミラは眉をキュッと寄せた顔で言った。「私は貴方の話をしているのですよ。フレッド・ウィーズリー?」
 ミラはいつの間に取り出したのか、自身の杖に指を絡め器用にクルクルと回しながらフレッドを見ている。杖を回すのはミラの昔からの癖だった。(日本のマグルの高校生の真似らしい)
 「あー、それは、そう、ごもっともでございますな。トウドウさん」
 ずばりと鋭く痛いところを突かれたフレッドは、ミラの調子に合わせて答えるのがやっとだった。どうしてそんなことを聞くのか、どうして自分が選ばれたのか。他にも聞いている人がいるんじゃないかとか、全てを言葉にできたらどんなに楽だろうとフレッドは思った。
 「もしかしてもう誘った相手がいるのかい?」ミラは腕を組んで言う。「私に気を遣って話をそらしてるのなら――」
 「そんなわけない!」ミラの言葉を、今度はフレッドが激しく首を振って遮った。
 「な、なんだい急に……」ミラは呆気にとられて口がポカンと開いてしまった。「きみ、さっきから何か変だよ」
 「あーと……その……」
 フレッドは言葉を詰まらせて、軽く咳き込んだ。まるで詰まらせた言葉が直接に喉を刺激しているかのようだった。
 「ああ、もう……大丈夫かい?」
 ミラは胡座を解くと仕方がないといったふうに腰を浮かせて、フレッドのすぐ隣に身を寄せた。それから、心配そうに眉間に皺を寄せながらフレッドの背中をさすり始める。
 ――彼女の好きなところは、こういうところだよな。フレッドは瞬きもせずにミラに見惚れた。
 フレッドがミラへの恋心を意識しはじめて二年くらいが経つ。その間、フレッドは彼女と二人っきりの時間をたくさん作るようにしていた。
 昼休みや放課後の談笑、ホグズミードへも何度かデートした。時にはジョージのお世辞にも上手とはいえない助太刀もあり、フレッドが気を揉む場面もあった。しかしミラはびっくりするくらいに鈍感な女の子で、わかりやすく作られた二人っきりの状況にも何も気を留めていなかった。
 去年のクリスマス休暇の直前にホグズミードへ二人で出掛けたときも、デートだと意識していたのはおそらく自分だけだったように思う。
 依然として背中をさすってくれているミラと視線が交じり合う。彼女はフレッドの背中から手を離してから、目を細めてニッコリと笑った。
 「ありがとう、ミラ」
 ミラの顔をまっすぐと見て、フレッドはついに覚悟を決めた。
 「俺、きみとダンスパーティーに行きたい」

 クリスマスの朝、ミラは突然の肌寒さに自分の身震いで目を覚ました。昨夜は羽布団に包まりながら眠りについたはずなのにどうしてだろうと不思議に思いながらミラは目を開けた。
 すると、目の前にはアダリンがミラのベッドの羽布団を両手いっぱいに持ち上げながらニコニコと笑っていた。
 「起きなさぁぁい、お姫様!」アダリンがどこか上品さの残った満面の笑みで呼びかけた。
 「もう……」ミラは眠たげな目をこすりながら起き上がった。「その呼び方やめてって言っているだろう?」
 ミラの苦言にアダリンはちっとも気にならないといったふうに笑顔で肩を竦めた。
 クリスマスから一週間前――フレッドとミラがダンスパートナーとなった日からアダリンはずっとこんな調子だ。
 「今日はたっぷりおめかししなくちゃね、お姫様」
   あの日、フレッドからの誘いを快諾したことをアダリンになんてこともないように言ったのが間違いだったとミラは思う。アダリンはそのことを聞くや否や、今まで見たこともないくらいの笑顔を滲ませて喜んだ。それから一週間、その気持ち悪いくらいの笑顔にミラはいちいち気を滅入らされることになる。
 アダリンはことある事にミラを「お姫様」と呼び、クリスマスまでに体調を崩されてはかなわないと丁重に扱った。それはお姫様というよりは母親のようで、ハッフルパフの寮生も何事かとざわめいた程であった。
 「きみは、何か勘違いをしているだろう」ミラはうんざりした様子で言う。
 「何が勘違いなのかしら?」
 アダリンはミラの羽布団を綺麗に畳んでベッドに置いた。
 「別に私たちに変なことはないよ」ミラがため息を吐いた。「ただの幼馴染だよ。そうだろう?」
 「あら」アダリンは口に手をあててわざとらしく驚いてみせた。「ダンスパーティーに一緒に行きたいって言われたのに?」
 「だからそれは、私がパートナーについて聞いたからであって……」ミラはもう何度もした説明にうんざりしたように言った。
 「それでも、貴方は誘われた時なにも思わなかった?」アダリンは言う。
 「ならなかった」
 ミラは間髪を入れずに答えた。すぐに答えたのは、その言葉に少しだけの嘘があったことを悟られまいとしたからだった。
 あの時フレッドにパートナーがいないとなれば、こちらから誘おうと準備していた。まさかフレッドから誘われるだなんて予想もしていないことだった――ミラとパーティーに行きたいとフレッドに真っ直ぐに見つめられたとき、ミラは面を食らってしまった。突然にフレッドが自分の知らない男の人のように見えて、ムズムズと身の置き所がない気持ちになった。フレッドもどこか恥ずかしそうにしているように見えた。
 この答えのわからない気持ちについて、アダリンには一切言わなかった。なんとなく、答えを探ることに得体の知らない恐怖心を抱いてしまったからだ。しかし二人に奇妙な時間が流れたのは事実で、何も思わなかったと言い切ってしまえばそれは嘘になるのだ。
 「あなたはそれでいいわ、鈍感屋さん」
 アダリンはミラの気持ちを知ってか知らずか、何かしらを含んだ笑みを漂わせた。
 それからミラとアダリンは各々の休日を過ごした。ミラはマグル学の教授からこっそり分けてもらったマグル製品を一生懸命にもてあそんで、時間を潰した。アダリンはその隣でクリスマス休暇中にやるべき宿題に誰よりも早く手をつけていた。時折アダリンが嬉しそうにニコニコとミラを見つめる以外は、いつもと変わらない二人の談話室での過ごし方であった。
 途中、「中庭でグリフィンドールの人たちが雪合戦をしてるから私達もやらない?」と二人に声をかけた女子生徒がいた。ミラはきっと双子やロンたちもいるに違いないと誘いに身を乗り出したが、アダリンがまたあのニッコリ笑顔でミラの首根っこを掴んで引き戻した。
 「今日は夜まであの子に会っちゃダメ」とアダリンは言っていたが、ミラには言葉の意味がさっぱりとわかなかった。
 時計の針が七時を指すと、ミラとアダリンはまもなくクリスマスパーティーの準備をはじめた。
 アダリンはミラのドレスに杖を一振りすると、たちまちミラの体に吸い付くようにドレスを纏わせる。それから彼女は更にもう杖を一振りした。今度はミラの長い黒髪がシュルシュルと音を立てて後頭部の高い位置に一括りにされる。
 「ミラ!とっても綺麗!」アダリンはご満悦な顔をして言った。
 「あー、ありがとう」ミラは着慣れないドレスにむず痒そうな顔をしていた。
 「まだ、最後の仕上げがあるわよ」
 アダリンは今度は自分のトランクを杖で一度叩いた。するとトランクが勢いよく開いて、大ぶりの白いイヤリングが浮いてきた。イヤリングはゆらゆらと浮きながらアダリンの手のひらに収まった。
 「それもつけるのかい?」ミラが驚いて言う。
 「そうよ」アダリンは得意げに言った。「あなた、こういうの普段着けないでしょ?」
 アダリンはミラの目の前までやってきて、イヤリングを彼女の両耳に着けてやった。
 「耳が重いんだが……アダリン?」ミラが煩わしそうにイヤリングに触れて言う。
 「今日くらい我慢して」アダリンは鼻息を荒くした。「アイツを驚かせてやりましょう」
 初めて見るアダリンの高揚した表情に、ミラは瞼を閉じてついに観念した。

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