リアの特製美容液
「やっと、見つけた!」
午後の最後の授業が終わり、北塔を抜けて談話室まで戻ろうとしていたミラに声をかける生徒がいた。彼女は走ってきたのか、息を切らしながらミラにしがみつく。
「リア?どうしたんだい、そんなに興奮して」
リア・コトリはミラの二つ下のレイブンクロー生だ。髪の色をコロコロと変える面白い子で、今日の色は──しなやかな雰囲気のある─ペールトーンのピンクだった。
「新しい美容液を作ったの」リアはひどく興奮した様子で、自分のローブの内側をまさぐる。「ミラに試してほしくって」
「話を聞くよ。とりあえずは、話だけだ」
ミラはできるかぎりの愛想笑いを見せた。リアが魔法薬を元に美容用品を作っていることを知ったのは一年程前だっただろうか。将来は魔法使い向けに美容用品や化粧品を作る職業に就きたいと、リアは人の好さそうな笑顔を浮かべて語っていた。そして、ミラに実験台になってほしいとお願いをしてきたのもその時だった。リアと同じくマグル文化に馴染みのあるミラは二つ返事で了承した。もとより、あの悪戯好きの双子の実験台よりはマシだろうと考えた。それがいけなかった──綺麗なグリッターの入った化粧品を試した時は、グリッターが必要以上に輝き出してしまい、周りの生徒の目を眩ませる結果になってしまったし、ある美容品では肌が文字通り陶器になってしまったこともあった。人の唇を借りて勝手に喋り出す、自己主張の強い口紅もいた。
もちろん優秀な美容用品や化粧品も中にはあったが、何といってもそうでない品の印象が強烈すぎた。そのせいで、ミラは試作品に対して億劫な気持ちを抱くようになってしまったのである。
「縮み薬をベースにしたから小顔効果があるはずなの!」
リアはミラの心境にはまるで気づいていないようで、顔一面に満悦らしい笑みを浮かべながら丸い小瓶をチラつかせている。
「ちなみに聞くが、何を入れたんだい?」ミラが怪訝な顔で腕を組みながら言った。
「ヒルの汁、死んだ芋虫、ネズミの脾臓と──」リアは一つ一つを丁寧に思い出すように指を折りたたみながら答えた。
「あー、うん」ミラは言葉を遮るようにリアから小瓶を素早く受け取る。「わかった。まず、フレッドに使わせてみるよ。ありがとう」
「俺のノロケ話かい?ミラ」
突然、背後から調子の良い声が聞こえる。いつの間にかフレッドがやってきていた。傍らには双子の弟のジョージも一緒だ。
「フレッド!」ミラが振り返って嬉しそうに叫んだ。「実は、そうなんだ。きみのノロケ話」
「おいおいマジか?やけに素直だな?」
ジョージは怪訝そうな顔をしてそう言ったが、恋人のフレッドは疑う余地も知らないような有頂天の笑顔を浮かべた。
「聞きたいかい?」ミラはニヤリ顔をした。
「もちろん」フレッドが答える。
ミラはフレッドの返事を待ってましたと言わんばかりに話し始めた。
「リアに話していたんだ」ミラはわざとらしく困ったような顔をする。「私の恋人がいかにハンサムかってね。そして、もっとハンサムになってくれたらどれだけ誇らしいかってことも」
「悩ましい、実に悩ましい相談だな。ミラ」
フレッドの口元が隠しきれない喜びでヒクついているのがわかる。ジョージは明らかにおかしなミラの態度を怪しむように目を細めると、次にそれに気づかず喜んでいる兄の単純さに呆れて目を回した。
「そうしたら、リアがこれをくれた──」ミラが丸い小瓶をフレッドに手渡す。「顔につけると、小顔になる効果があるらしいんだ。きっともっとハンサムになるだろうって」
丸い小瓶を受け取ったフレッドはジョージと一緒に中に入っている薬液を眺めはじめる。ジョージは完全に信用していない表情をしていたが、成り行きを静観することに決めたようだった。
『ミラ、あなたって商才があるよ』リアが嬉しそうに日本語でミラに語りかけた。『会社を作ったら、わたしミラを営業部に抜擢する』
『嬉しいこと言ってくれるじゃん。考えておく』ミラも日本語で返してニヤリとした。
その時だった。突然、西塔の廊下に生徒たちの悲鳴があがった。ミラとリアは湧き上がる声たちの先を見る。そこにはとんでもなく小顔になってしまった──おそらく──フレッドが、両手を振り乱して暴れていた。
「なんだよ、これ!」フレッドが叫んだ。
ジョージがその横で涙を浮かべるほどに大爆笑をしている。ミラも思わず吹き出してしまう。周りの生徒たちの悲鳴も、今やクスクス笑いに変わっていた。
「だ、大丈夫かい?フレッド」ミラは肩を震わせながらフレッドに寄り添った。
「大丈夫に見えるか?」フレッドは小さな顔を真っ赤にさせて言った。「やったな、ミラ。まさか君に悪戯を仕掛けられるなんて──」
フレッドの様子にミラはまたプッと吹き出した。ジョージの笑いもまだ一向におさまらないようで、たまらないといったふうにミラの肩を何度も叩いている。
「うーん──」この状況の中でずっと真剣な顔をしていたリアが自身の顎を触りながらフレッドをまじまじと見つめた。「これは、ちょっと調整が必要みたいね」
「調整だって?」
フレッドはずんずんと大股で歩いてリアの前までやってきた。
「リア、同じ開発者として言うぜ」フレッドが叫ぶ。「調整どころか、これは──完全に──大失敗だ!」
「最高だよ」ミラは頭を抱えながら笑って言った。「怒ってるのに、全然迫力がない。なんてったって顔が、とっても小さいんだもの……」
「もうやめてくれよ、ミラ。これ以上は腹がもたねえ」
そう言うジョージの笑いはもはや悲鳴に近い。
「大丈夫だよ、フレッド」リアはフレッドの小さな顔をいろんな角度から見つめて羊皮紙にメモをとりながら言った。「顔を洗えばもとに戻るよ。美容液だから」
「ああ!それを先に言ってくれよ、リア!」
フレッドは頭を掻きむしろうとしたが、自分ではどこに頭があるのかわからないようで、何度も腕が頭上をかすめた。
「まだまだ言わなくてもよかったのに」目に溜めた涙を指ですくいとったミラが悪戯っぽい笑みをして言う。
「ミリー?」フレッドがミラを睨んだ。(おそらく、そのように見えた)
「これは失礼。フレディ」
ミラは芝居がかかったようにフレッドにお辞儀をして言った。いつもと立場が逆であることに、優越感を隠せなかった。それからこのままではどうしようもないと悟ったフレッドは、ジョージに付き添われてトイレへと走っていった。
「リアには感謝しなきゃね」ミラが走り去っていく双子の後ろ姿を見つめながら言う。
「私に?どうして?」
「フレッドには実験台のさんざんな気持ちをわかってもらう良い機会になったじゃないか」ミラがニヤリと笑った。「次はジョージだ」
「ねえ、ミラ?──」リアが苦笑いをしてミラの肩に手を置いた。「私の美容用品を、悪戯グッズだと思い始めてない……?」