妖精のお誕生日

 五月の爽やかな風が吹いている。晩春が終わった頃、ホグワーツ城の周りでは草も木も若葉を拡げ始めていた。その日の授業を全て終えたミラは、夕食までの自由時間を過ごす生徒たちで溢れかえっている中央ホールを走り回っていた。
 「ねえ、フェイを見なかったかい?」
 ミラの言葉が高い天井いっぱいに響き渡る。生徒が首を振ると、またミラは別の生徒に話しかける。こうでもしないと、フェイ・エーテルレンという人物は見つからないのだから仕方がない。フェイはその神出鬼没ぶりから周囲には「妖精」と呼ばれていた。
 息を切らして走るミラの目に見知った顔が飛び込んできた。ミラは脇目もふらずに食いついてその生徒に駆け寄った。
 「ねえ、フェイがどこにいるか知らないかい?」
 声をかけられた男子生徒はミラの顔を見ると、露骨に嫌な表情を浮かべる。
 「ミラ先輩、フェイさんを探しているんですか?」
 「そうなんだ。君なら知っていると思って。ヘンリー」
 ヘンリーはまた嫌な顔をして、眉根に皺を寄せて首を振る。ヘンリー・ケイシートはフェイと仲の良い(少なからずそう見える)ハッフルパフの下級生だ。
 「知りませんよ。図書館じゃないですか?」
 「図書館にもいなかったんだ」ミラは息をついた。「君なら知ってると思ったんだけどなあ」
 「じゃあ、いつものところ・・・・・・・じゃないでしょうか」ヘンリーがうんざりしたような顔で頭をかいた。「なんか、最近穴場を見つけたとか──」
 「湖のほう?」
 ミラが間髪入れずに聞くとヘンリーは静かに頷いて、腕を組んだ。言葉を遮られたのが気に食わなかったのだろうか、まるで早く解放してほしいといわんばかりに指をトントンと叩いて辺りをわざとらしく見回している。
 「もう、そんな顔しないでおくれよ」ミラは気の抜けたような声を出した。「君もフェイに用はあるだろう?」
 「用なんかありませんよ」ヘンリーがすぐに答える。
 「じゃあ、もうお祝いしたの?」
 ミラは驚いたような顔を浮かべると、ヘンリーもまたおんなじような顔をして言った。
 「お祝いって?」
 ヘンリーの言葉にミラは更に驚いた。目を見開いて、信じられないといったような顔をした。
 「だって今日は──フェイの誕生日じゃないか」
 「ああ、確かそうだったような……」
 「嘘だろう?」ミラが顎が外れてしまうんじゃないかというくらいに口を開いた。「君たち、仲良いよね?」
 「まあ、友達ではありますけど……」
 ヘンリーは首を傾げて自分の顎に手をあてる。ミラが体中の空気が抜けたように落胆をしたその時、背後に人影がいくつか忍び寄ってきた。
 「フェイは見つかったの?ミラ」声をかけた女子生徒は鈴の鳴るような声で言う。「あら、ヘンリー。こんにちは。午後の授業はいかがだったかしら」
 ミラの同級生、アダリン・ロイドだ。隣にはフレッド・ウィーズリーとジョージ・ウィーズリーの双子もいる。この双子を見てヘンリーの体が驚きで跳ね上がった。ミラは三人へと振り返ると、重々しく頭を振る。
 「だから言ったろ?レイブンクローの『妖精』様を見つけるなんて雲を掴むもんだってさ」フレッドはニヤリとした。
 「ミラからしたらゴースト・・・・だけどな」ジョージが言う。
 「君たちはね……」ミラが双子を睨んだ。「誰かしらをからかっていないと気が済まないのかい?」
 ミラの表情にフレッドとジョージの二人は肩をすくめさせながらも満足そうにしている。アダリンは苦笑いをして両手をあげた。
 「ヘンリーが言うには湖のほうに行ったんじゃないかって。そうだよね、ヘンリー?」
 ミラが声をかけながら、体をヘンリーの元へ戻した。だが、もうそこには誰もいない。いつの間にいなくなったのだろうか。
 「あら」アダリンが言う。
 「相変わらず逃げ足が速いねえ。ケイシート君は」フレッドがまたニヤニヤと笑った。
 「君たちのせいだと思うけどな」
 ミラは片方の眉をあげて双子へと何か含んだような顔を向けたが、双子はわかりやすく知らんぷりをした。ミラは双子に責任を負わすかのように目を細めると、鼻鳴らして続けた。
 「とにかく、湖のほうへ行ってみるよ」
 「さあ、どこの・・・湖にいるかな」ジョージが笑った。

 ジョージの思惑通り、フェイを見つけるにはかなり骨が折れた。北口の湖にはいなかったし、ホグワーツを少し離れた湖にもいなかった。
 もう寮に戻ってしまったのだろうか。ミラがそう思ったときに体に稲妻が落ちてくる。ヘンリーは「穴場を見つけた」と確かそう言っていたはずだ。それならまだもうひとつ、探していないところがある。
 「見つけたよゴースト、もう逃がさない!」
 ミラが思わずあの時のように叫んでフェイに掴みかかったのは、船小屋の湖でのことだった。いつも通り魚をスケッチしていたフェイは、ミラこそがゴーストなんじゃないかというような目で見て顔をひきつらせた。
 「ミラさん?どうしてここに」フェイはスケッチブックをまた・・落とさないようにしっかりと持って言った。
 「きみに会いに来たんだよ」
 ミラは弾んだ声で答えたが、フェイは湖で跳ねる魚たちへ目をやると、少し不安そうな顔をして今度はミラを見た。
 「用があるのは私?それともまさか、私の友達・・じゃないよね?」
 「もう」ミラはばつの悪そうに頭を掻きむしって答えた。「食べようとはしてないよ。大丈夫」
 ミラの言葉にフェイはようやく表情を柔らかにした。そしてスケッチブックを脇に置くと、立ち上がってミラへと向き直る。
 「どうしたの?とても急いでいたように見えるけど……」
 「どうしたのって!」ミラが今日何度目かの驚きの声をあげた。「お祝いをしにきたんだよ!」
 「お祝い?」
 フェイがなんのことかわからないような声色で聞くと、ミラは先ほどのヘンリーの態度を思い出して半笑いを浮かべた。
 「ハッピーバースデー、だろう?」
 「あ、そういえば……」フェイは思い出したかのように目線を上にやって答える。
 「自分の誕生日を忘れていたの?」ミラは言った。「まあ、君らしいっちゃ君らしいけど」
 フェイは少し気恥ずかしそうにした。ミラは本当にヘンリーと全く同じだと思うと、クスクス笑いが止まらなかった。やっぱり、この二人は仲が良いんだろうな。
 ミラはフェイに「ちょっと待ってて」というと、自身の腰につけていたポーチをまさぐった。何が入っているかわからないともっぱら噂のレッグポーチだ。
 「これ、もらってくれるかな」
 今度はミラが恥ずかしそうな顔をして、ポーチから取り出したものを手の平に乗せた。何かの結晶のようなものだった。
 「これって、なあに?」フェイがミラの手のひらに乗っているものをまじまじと見つめた。
 「これ、これね──マグルの世界には『水族館』といって魚を鑑賞する場所があるんだけど、そこでよく売られているグッズなんだ」ミラは早口で言う。
 なるほど、といった顔でフェイはそのグッズを見た。一見はただの水晶だが、よく見るとその中にはまた水晶の魚たちが泳いでいる。動いてこそいなかったがまるで今にも動き出しそうなくらい、躍動感に溢れる魚たちであった。
 「すごい」フェイは素直に答えた。「これ、わざわざ買ってきてくれたの?」
 「いンや、作ったんだ」ミラは目を伏せながら答える。「『彫刻』っていうんだけど、水晶を削るんだ。きみの友達に近い魚を真似して削って、作った」
 「魔法も使わずに?」
 フェイが驚いた様子で答えると、ミラはこくりと頷いて続けた。
 「はじめての割には結構うまくいったと思うんだ」
 「ミラさん、これってすごい。魔法も使わずにこんなきれいに……」フェイが薄っすらと微笑みを浮かべた。「部屋に飾らせていただくね。ありがとう」
 フェイの感想にミラはようやくホッとしたような表情を浮かべた。フェイはその表情にほだされて少し気の緩んだように見えた。
 「お誕生日おめでとう、フェイ」
 ミラが改まって祝いの言葉を言うとフェイは「ありがとう」とミラをまっすぐ見つめて答えた。「妖精」と呼ばれていた儚い存在のフェイが、この時ばかりは普通の女の子に見えた。    

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