ヤドリギの下で

 大広間の樫の扉の脇には、代表選手たちとそれぞれのパートナーが待っていた。どうやら代表選手の入場は全ての生徒が済んでかららしい。ミラは、マクゴナガル先生が自分たちをあんなにも急かした理由をようやく理解した。
 ミラとフレッドは代表選手たちの視線を受けながら足早に通り抜けていく。途中、セドリックと目が合った。誰が見てもわかるような冷やかしの笑みを浮かべている。ミラは一度眉間にしわを寄せてから、苦笑いを返した。
 フレッドとハリーがなにやら目配せをしていたが、ミラはなるべく見ないようにして今よりも更に早歩きをした。急なスピードにミラに引っ張られる形になったフレッドが、慌てて歩幅を合わせる。それから最後に、ずいぶんと綺麗になったハーマイオニーが目に留まった。ミラはびっくりした顔でハーマイオニーを見る。しかし、びっくりしたのはハーマイオニーの変わりようだけではない。あの有名なクディッチの選手、ビクトール・クラムが隣にいたことも理由のひとつだった。
 ミラの姿をとらえたハーマイオニーもまた驚いた様子であった。それがミラの着飾った姿に対してなのか、はたまたパートナーが意外だったのかはわからない。二人は互いに口を半分開いたまま、気恥ずかしそうな薄笑いを滲ませた。
 そのままミラとフレッドはほぼ駆け足で、大広間へ滑り込むように入場した。大広間の様子はいつもと大きく違っていた。各寮のテーブルはなくなっており、壁はキラキラと銀色に輝く霜で覆われている。蝋燭が揺れていたはずの黒い天井には、たくさんのヤドリギや蔦の花綱が絡んでいた。
 十人ほどが座れる小さなテーブルが百余りほど置かれていて、既にほとんどの生徒が着席していた。みんなパートナーとのおしゃべりに夢中で、誰もミラたちを気にしていないことが救いだった。二人はなるべく気配を消して、空いている席にゆっくりと腰を下ろした。目の前のテーブルではアダリンがレイブンクロー生の恋人と楽しげにおしゃべりをしている──ミラはアダリンの表情のようにはなれなかった。先ほどの変に高揚した気分はどこへ行ったのか、恋人(またはそれに近い関係の)生徒たちが楽しそうに会話をしているさまを見て、ミラは急に冷静になってしまったのだ。頭の中はフレッドの告白で支配されてしまっていて、時折フレッドのこわばった横顔を盗み見ては、ミラは前髪を掻きむしって自分自身の気持ちを整理しようと躍起になった。煌びやかな装飾が施された大広間にこんな気持ちは似つかわしくないと自覚をしながらも、頭から離れなかった。
 突然割れんばかりの拍手が聞こえてきて、ミラは顔をあげた。代表選手たちが大広間にパートナーと共に二列で入場してくるのが見える。慌てて他の生徒たちに合わせてミラも手を叩いた。代表選手たちは大広間の一番奥に置かれていた審査員が座っている大きな丸テーブルに向かって歩いていく。自分のことばかりで気づかなかったが、審査員のテーブルの五人目の席に、パーシーが座っているのが見えた。
「パーシー?どうして?」ミラは思わず声に出して呟いた。
「昇進したらしいぜ」フレッドがミラのほうへ顔を近づけて耳打ちした。
「国際魔法協力部部長の個人的補佐官。今日は代理出席するって、お袋がふくろう便でわざわざ言いふらしてた」
「クラウチ氏かい?彼、母の上司で──」
 パーシーのことに少し驚いたミラはフレッドのほうを見たが、すぐに口をつぐんでしまった。耳元で話すフレッドと目の前で視線がぶつかってしまったからだ。ミラは自分の顔が赤くなるのを感じた。それにつられて、フレッドの顔も少しずつ赤くなっていく。少しの沈黙を置いてから、ミラとフレッドは我に返ったように顔を離した。それから、乱れてもいない髪を撫でつけて二人ともおんなじように誤魔化した。
 そうこうするうちに、代表選手たちは審査テーブルに着席する。パーシーの隣に座ったハリーが、彼となにか話しているようだったが、パーシーの鼻高々な顔を見る限りさっきの話だろうとミラは心の中で苦笑いをした。
 ふと顔をあげると目の前のテーブルに座っていたアダリンと目が合った。アダリンは、ミラとフレッドを交互に見てニッコリと笑いかけてからウィンクした。ミラは眉根に皺を寄せてアダリンを睨み返すと、彼女の反応も待たずに自分のテーブルに置かれていた金色の皿に視線を移した。お皿にはまだ何もなかったが、その代わりに小さなメニューが置いてある。
 「ポークチョップ」
 誰かがそう言った。ミラは声の主を探してみると、斜め前にあるテーブルに座っていた生徒が自分の皿に向かって声をかけていた。すると、すぐに金色の皿の上にポークチョップが現れた。なるほど、とミラは合点して、メニューを開いてみた。中身は「ポークチョップ」や「グラーシュシチュー」など、いろいろな種類があるようだったが、ミラはメニューの内容に少し不満を感じて、顎に手をやった。
 「当ててやろうか」フレッドがミラとの距離に気をつけながら少しだけ顔を傾けて言った。
 「な、なにが?」ミラが答える。
 「和食がないのが不満なんだろ」フレッドは少しだけニヤリとした。
 フレッドの言うことは、ミラの不満そのものだった。図星をつかれたミラは恥ずかしさを誤魔化すように小さなメニューを開いたり閉じたりした。
 「ワガママ言うつもりじゃないが、たまには和食を食べる機会をくれたっていいと思うんだ」
 ミラはダンブルドアが座っている教職員テーブルをチラリと見てから指で頭をかいた。
 「言うだけ、言ってみれば?」フレッドは言う。「案外出てくるかもしれねえぜ」
 「まっさか」
 ミラはフレッドの言葉に鼻で笑いつつも、目線はしっかり皿とメニューの間を泳いでいた。それから、周りの生徒が食事に夢中なのを確認すると、皿に顔を近づけて小声で「寿司」と唱えてみる――しかし、何も起こらない。発音が悪かったのだろうか。今度は少し訛りを込めて「スシ」とはっきり声に出してみたが、やはり皿は空っぽのままだった。
 ミラは落胆して、ため息をついた。隣を見ると、提案した張本人であるフレッドが肩を震わせて笑いを堪えていた。
 「ミラって、ほんとに素直だよな」
 「君、わかってて言ったな?」ミラはしかめっ面をして言った。
 「まさか、本当にやるとは思わないだろ?」フレッドはクスクス笑いをして言う。「いいもん見せてもらったよ」
 「君ってやつは!この!」
 ミラは顔を真っ赤にして上半身をフレッドに寄せてから、フレッドの肩をめがけて両手の拳を振り上げた。「おっと」とフレッドが悪戯っぽく笑うと、すぐにミラの両手首を掴んで受け止める──そしてまた、二人の時が止まった。それまで笑っていた二人の笑顔はだんだんと消えていき、代わりに気まずいような、いたたまらないといった表情が浮かんでくる。ミラとフレッドはどちらかともなく、ゆっくりと手を離した。それから横目で互いを見ると、席に居直ってわざとらしく咳払いをする。
 「今のはミラが悪い」フレッドが言った。
 「発端は君だろう」
 ミラがじっとりした目でフレッドを睨む。それから、ミラは自分の皿に向かって「フィッシュアンドチップス」とはっきりした言葉で言うと、フレッドも自分の料理を唱えた――こうして二人はようやく食事を始めた。
 ミラとフレッドは食事を食べ終えるまでの会話の中で、互いに近づきすぎては赤面することを何度も繰り返した。
 ――なんだか可笑しくなる。ミラは思った。話しかければこうなることはわかっているのに、フレッドと距離を置くことがどうしてもできない。なにか気になるものがあると、フレッドへ反射的に声をかけてしまう。めげないのはフレッドも同じだった。赤面にいたるまでは、二人はいつもと変わらないやり取りを続けてしまうのだ。
 マクゴナガル先生についた悪態を面白がるのも、何気ない会話を続ける中で無意識に身を寄せ合ってしまうのも、フレッドの悪戯に怒るのも、長い年月かけて染み付いた二人の間の習慣・・であることに気づく。そしてそれが簡単に消えないことをミラは痛感せざるをえなかった。きっとフレッドもそうに違いない。
 何度目かの赤面をしたころに、ダンブルドアがテーブルから立ち上がった。そして、生徒たちにも立ち上がるように促す。ミラとフレッドは立ち上がった。ダンブルドアが杖を一振りすると、テーブルがズイーッと壁際まで寄せられて、広いスペースができた。立ち上がった生徒たちがお互いにパートナーを見て、そわそわしはじめている。ミラはここへきて、これがダンスパーティーだったことを思い出した――これから私はダンスを踊るのだ。パートナーであるフレッドと一緒に。緊張で額にじんわりと汗が滲むのが自分でもわかった。
 ダンブルドアがまた杖を振るう。今度は右手の壁にステージが立ち上がった。ドラム一式、ギター数本、リュート、チェロ、バグパイプも続けてステージに現れる。
 芸術的にビリビリ破かれたローブに身を包んだ毛深い魔法使いたちが熱狂的な拍手とともにステージにあがってきた。ミラはこのバンドをよく知っていた――
 「よ、『妖女シスターズ』だ!」ミラは思わず叫ぶ。
 「なんだよミラ、知らなかったのか?」フレッドは眉毛をちょっとあげてみせた。
 「知らなかったよ!」
 ミラはひどく興奮した様子で言う。ミラはこのバンドの大ファンであった。「妖女シスターズ」が彼らのキラーチューンである「ヒッポグリフのように」の演奏を始めると、ミラはフレッドの袖にしがみついて歓声をあげた。
 「すごい、すごい!本物だ――本物の『妖女シスターズ』だ!」
 ミラがまた叫ぶと、少し遠くにいたジニーが勢いよく振り返った。ジニーも興奮した表情を浮かべている──ミラに「妖女シスターズ」を教えたのはジニーだった。二人は目を合わせてニッコリと頷き合うと、またステージに視線を戻して腕を振り上げる。
 「わっかんねえなぁ」
 フレッドはミラの腕に揺らされながらステージを見上げた。そこまで悪いとも思ってはいないが、ミラが同学年にいるチェロ担当のマートン・グレイヴズにご執心なのが気に食わなかった。
 ほどなくして、「ヒッポグリフのように」の演奏が終わる。それから突然、テーブルのランタンが一斉に消えた。次に、代表選手たちがパートナーと共に立ち上がると、「妖女シスターズ」は物悲しいスローな曲を奏ではじめた。
 代表選手たちは燦爛と照らされたダンスフロアに歩み出てきて、曲に合わせてダンスを始める。
 とても素敵だった。ミラはもともとダンスパーティーに関心などなかったが、いざ目の当たりにしてみると素直にそう思った。絢爛豪華な大広間の飾り付けを背景にダンスをする代表選手たちはとても楽しそうで――ハリーは少し不安そうな顔をしているが――宝石のようにキラキラと輝いているように見える。この煌めきは、今この瞬間を、この空間で生きる人たちにしか出せないものだ。きっとどのマグル製品の美しさにも敵わないとさえミラは思った。母が無理にでも私をクリスマス・ダンスパーティーに参加させようとしたのは、こういうことを伝えたかったのかもしれない。
 まもなく、周りの生徒たちも大勢ダンスフロアに向かって歩いていく。フロアは瞬く間にダンスをする生徒たちでいっぱいになった。その光景にミラは息を呑んだ。またしても奇妙な高揚に襲われる。それはまるで潮汐のようで、今まで引いていた波がまた押し寄せてきて、時間をかけて満潮になったような感覚だった。
 「――踊りたい」
 フロアを見つめたままのミラが呟く。それから、フレッドの袖を掴んでいた自身の手を、彼の手のひら・・・・まで滑らせてがっしりと握った。フレッドはミラの唐突な行動にギョッとしたような顔をした。
 「私も踊りたい!踊ろうよ、フレッド!」ミラは目を輝かせながらフレッドをダンスフロアの方へ引っ張りだした。
 「はぁ?」
 ミラの調子にフレッドは思わず目を見開いた。食事中の気まずそうに照れていた彼女はどこへいったのか、フレッドは検討もつかなかさそうな顔をした。
 「急にどうしたんだよ?ついにおかしくなっちまったのか?」
 「ああ、私、おかしいかも!」ミラはほとんど間髪を入れずに言った。「たった今、どうしても、きみと・・・、踊りたくなった!これって変かな?」 
 「すっごくね!」フレッドが負けじと言い返す。「きみって、本当なところで大胆だ!」
 フレッドの言葉に、ミラは顔を真っ赤にしながらニッコリと歯を見せて笑った。すると今度はフレッドが、ミラの腕を強く引っ張って、彼女の体を素早く抱き寄せた。

   手を取りあった二人はずいぶんと長い間ダンスフロアで踊っていた。
 「妖女シスターズ」のアップテンポな曲のときには、二人はゲラゲラと笑いながら元気よく踊った。あまりに元気爆発な具合に踊るものだから、周りは怪我をさせられてはかなわないと遠巻きに見るほどであった。
 ミラは相変わらず高揚した気分のままだったが、それでもどこか冷静にフレッドとのことを考えはじめていた。
 昔からの付き合いでフレッドもジョージも愛すべき友人なのはもちろんだ。しかしそれ以上の関係になるなんて想像したこともなかった。
 ミラはフレッドとのことを思い返してみる――日本に住む父が病死して塞ぎ込んでいた時はこっそり忍びの地図を使って城の外へ特別に連れ出してくれたし、母と関係が悪化して悩んでいた時もアーサーおじさんに掛け合って和解する場を設けてくれた。あらぬ噂で周りが冷たくなった時も誤解を解くために奔走してくれた。時には双子の弟をそっちのけで駆けつけてくれたこともあった。いつも一番心配してくれていたのはフレッドだった。
 そこまで思い返したミラは、彼に対して友人としての気持ちとはまた別に、不確定な気持ちがずっと自分の周りを煙のように渦巻いていたことにふと気づいた。そしてこれはきっと、フレッドにクリスマス・ダンスパーティーへ誘われたときに感じた気持ちの正体と同じだ。
 そうだ、私も昔からフレッドのことが好きだった。
 ミラが確信すると、フレッドへの気持ちが昂っていくのが自分でもわかった。衝動的にフレッドの手を強く握りなおした。フレッドもそれを応えるかのように手に力を込める。ミラはもう、目の前にいるパートナーが愛おしくてたまらなかった。このことをすぐにでも伝えたい――そんな自分の気持ちを抑えるようにミラは無我夢中で踊り続けた。

 「ちょっと休憩!」
 ミラはフレッドの手を引き寄せ、息を切らしながら壁際に寄せられた椅子に倒れるように腰掛けた。
 「ねぇ、さっきだけできみの足を何度踏んだかな」ミラが息を吐いて笑った。
 「笑っちまうよ」フレッドも息切れしながら笑って言う。「あんだけ勢いよく俺を引っ張っておいて、ダンスのこれっぽちも知らなかったなんて!」
 二人は大広間の熱狂に負けじと大きな声で笑いあった。
 「こんなに高揚した気分になるのは人生で初めてだよ」
 そう言ったミラの顔は興奮のために赤く輝いている。ミラの様子を見たフレッドが、何かを決意したように彼女の目の前の椅子に座り直した。
 「なぁ、今から言うこと、勘違いだったら笑い飛ばしちまってくれよ――」フレッドは顔を耳の付け根まで紅潮させていたが、ミラへの視線は外さずにまっすぐ見つめて言った。「さっき踊ってて、思ったんだけど。もしかして、ミラも――その――俺と同じ気持ちなんじゃないかってさ」
 ミラはいつもの気だるげな瞳を少しだけ開けて、フレッドを見つめ返した。フレッドの表情に緊張が走るのがわかった。ミラの気持ちはもう決まっている。しかし、目の前のフレッドの顔を見たら少しの・・・悪戯心がじわじわと湧き上がってくる。
 「いつもからかわれてばっかりだから、是非とも笑い飛ばしてやりたかったんだが――」
 ミラはそこまで言うと、もったいぶるように一旦口を閉じた。それから少しの間、何かを考えているふうな態度で唸ってみせた。フレッドの気が気でないといった様子を見て、少しの・・・満足感を得たミラは、ようやく言葉を続ける。
 「ああ、ダメだ。何か面白い冗談で告白しようと思ったんだけど、思いつかなかった。降参」ミラは両手をあげて降参のポーズをとって笑った。「君の言う通りだよフレッド。私も君のことを好きだったみたいだ。それも結構前からね」
 ミラの告白にフレッドはワアッと声をあげるのと同時に彼女をそのまま高く抱きかかえた。ミラは突然の事に驚いて小さく悲鳴をあげたが、すぐに受け入れてフレッドの首に腕を回した。
 「気づくのが遅くなってすまないね」ミラはニヤリと笑って言った。
 「全くだよ。ミラの鈍感屋」フレッドもニヤリを返した。
 二人とも、今この瞬間に幼馴染が恋人になった事実が、どこかこそばゆかった。天井に巻き付いていたヤドリギが、ミラとフレッドのもとへゆっくりと伸びてくる。それに気づいた二人は照れを隠すように笑い合った。今度はちっとも気まずくなかった。

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