宿雪
悪戯専門店「ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ」はロンドンのダイアゴン横丁九十三番地にあった。オレンジ色の格子窓に、ウィーズリー氏の巨大人形、その名の通りおもちゃ箱をぶちまけたように華やかな店内には、WWW自信作の悪戯グッズたちが棚にぎっしりと並んでいる──「カナリア・クリーム」、「携帯沼地」、「伸び耳」……などなど。
「大変な目にあったみたいだね」
カウンターに立つジョージ・ウィーズリー──「WWW」の主人だ──は目の前の小さな客に笑いかけた。「だけど、明日からは違う。そうだろ?」
「ええ、感謝します。ウィーズリーさん」
男の子の唇がニヤリと歪んだ。色白で、顎の尖がった、育ちの良さそうな男の子だ。
「ロビンに一泡吹かせてやりますよ」
ジョージは自分のお腹あたりで笑みを浮かべるおちびちゃんを見て、どこか懐かしい気持ちになった。
かつては自分もこうだった、もう十年以上も前の話だ。
悪戯に命を懸けたホグワーツ時代の日々は、いつ思い返しても色褪せることはない。ジョージは自分と同じ退屈知らずな旧友たちの顔を思い出して思わず顔を綻ばせたが、すぐにいつもの商売気のある表情に戻して咳払いをした。
「ところで、ズル休みスナックボックスはいかが?特別に半額にするよ──」
おちびちゃんはずいぶんと面倒を見てやった。グッズの一つや二つ売りつけたってバチは当たらないだろう。
ジョージは思ったが、そんな期待をよそに、男の子はジョージの売り文句を待たずに足早に店から出ていってしまった。格子の窓越しに見える男の子の気品の漂う横顔にジョージはやれやれと頭を掻く。
店にはもう客はいない。少し休憩でもしようか、そう思ったときだった。
「ずいぶん騒がしかったな。誰が来ていたんだい?」
――扉が閉まるが早いか――ジョージの背後から落ち着きの払った声がする。
ジョージが振り返ると、細縞のグレーのスーツを着込んだ女性が、ポンチョ風のジャケットをはためかせ、「白昼夢呪文」の箱を片手に階段を降りてくるところだった。
──彼女の名前は、ミラ・ウィーズリー。もともとはトウドウという姓だったが、両親を亡くし、天涯孤独となったミラはウィーズリーを名乗ることを強く望んだ。ジョージの父、アーサー・ウィーズリーは彼女の後見人だった。
「ホグワーツの子さ」
答えたジョージはミラから商品を受け取ると、杖を一振りする。「白昼夢呪文」はたちまち包装されて、仕上げに紫とオレンジのリボンがキュッと締まった。
「おいおい、どうしてこんな真昼間からホグワーツの生徒がダイアゴン横丁にいるんだ」ミラは怪訝そうにジョージを見た。
「さあね。でも、うちの店じゃそんなの珍しいことじゃないだろ?」ジョージは肩をすくめた。「悪戯好きの生徒を見逃してやるのも俺の仕事のうちってわけ」
「魔法省の人間の前で、よくぞ言えたものだ……」
ミラの首元で、ネックレスにぶらさがる魔法省のシンボルがキラリと光った。魔法省の国際魔法協力部、国際魔法連盟イギリス支部が彼女の今の職場だ。
「そんなお役人様が、まさか『白昼夢呪文』をご入用とはね」ジョージが片方の眉を吊り上げて、息を吐くように笑った。
「私のじゃないよ」ミラは首を振り振りした。「ビル管理部に昼寝好きの困った後輩がいてね。こいつはお使いさ」
「ははあ。わかったぞ」ジョージは合点のいった様子で答えた。「そいつはたぶん、うちのお得意様だな?それもホグワーツのときからの」
WWWがまだダイアゴン横丁に店を構える前、ホグワーツ内で販売していた悪戯グッズをよく買いつけにきていた男の子をジョージは覚えていた──ジョージがホグワーツを中退したあと、ダイアゴン横丁にもよく足を運んでいてくれていることももちろん知っていた。
「まあ、そういうことだね」
ミラがそう言うとジョージがまた杖を振った。どこかの棚からか、ふらふらと箱が浮いてきて、ジョージとミラのもとまで飛んできた。
「そういうことなら、もう一箱サービスしておくよ」
「喜ぶと思うよ。ビル管理部の同僚はどうかわからないけどね」
ミラは充血した目を細めて困ったような笑いを浮かべた。あまり寝れていないのだろう。それに──
ここで、ジョージの考えを遮るようにミラがェヘンと軽く咳払いをした。ミラは腕を組んだまま、「それで?」とジョージを見て顎をしゃくった。
彼女の一言の意味を理解するまで、ジョージは少しの間が必要だった。やがて、ミラの言わんとしていることが先ほどの小さな客人についてであることに気づいたジョージは静かな口調で沈黙を破った。
「スリザリンのフィン・カートレットって生徒がきたんだ」ジョージは続けた。「俺に雪玉呪文を教えてほしいって」
誰から聞いたか、ジョージが雪玉呪文が得意という話を知ったフィン・カートレットがここに訪れたのは一時間くらい前のことになる。雪玉がいつも標的から大きく逸れてしまうと悩むフィンにジョージは快く手を貸してやった。
結論から言うと、フィンには才能があった。雪合戦の模擬実験では、ジョージが相手にしたくないと思ったほどだ。(もちろん、現役のころとなれば話は別だが)
ミラにこのことを話すとウーンと唸った。その様子を見るに、どうやら雪合戦のことよりも気になるところがあるらしかった。
「カートレット……」ミラがポツリと呟いた。
「知り合いだったかい?」ジョージは言った。
「いンや……」ミラは顎に手をやって斜めを見た。「昔、誰かに聞いたことあるような気もしたが……たぶん気のせいだろう」
ミラはそう言いつつ考えるような仕草をやめなかったが、そのまま続けた。
「WWWのジョージおじさんも、ずいぶんと有名人になったもんだな」
「そりゃ失敬な」ジョージはここで声が大きくなった。「彼らはご教授賜りにきてるのさ。かつてホグワーツ時代にやってのけた伝説的な悪戯の数々をね」
「アー、そうですね」
ミラは苦笑いでジョージを見つめた。ホグワーツのときに自分が巻き込んだ悪戯を散々思い出しているのだろうか。どういう気持ちでいるのかはわからなかったが、突然ミラは自嘲気味に笑って遠い目つきになった。
「雪玉呪文か……懐かしいな」
「俺らも久しぶりに雪合戦でもどうだい?」ジョージはダンスをするような仕草をして言った。
「やるわけないだろ」ミラがピシャリと断る。
ジョージは「はいはい」とおざなりな返事をしながらも、まずいことを言ったかな、と思った。
もともと、ジョージやミラのいう「俺ら」には、いつだってもう一人含まれていたからだ。
フレッド・ウィーズリーのことだ。ジョージの双子の兄であり、ミラの婚約者だった──フレッドは第二次魔法戦争で起こった、あの有名なホグワーツの戦いの犠牲者の一人だった。
ジョージとミラとでいる間、二人はフレッドの話題については避けるようにしていた。どちらが言ったわけでもない。もしかしたら互いが互いに、無意識に気をつかっているだけなのかもしれない。
そのはずだったのに、さっきのホグワーツのおちびさんと久しぶりに雪合戦を楽しんだら、懐かしさで気持ちが無防備になってしまった。ジョージはミラに対して、ふとした言葉からフレッドを失ったということを変に思い出させてしまったのではないかと少し不安になった。
勘違いも甚だしいだろうか。だがそう考えてしまうほど、ジョージもミラも、フレッドの死から立ち直れていなかったのだ(これほどの月日が経っていても)
ジョージは首を回してチラリとミラを盗み見した。しかしミラは気にならないというふうな態度で魔法省の手帳を見つめてはぼそぼそと何かを言っていたので、ジョージは自分の勘違いで済んだのかもしらないと少しほっとした気持ちになった。
さて、携帯沼地の在庫はどれほどあったかな……。ジョージはそう思いながらミラに背を向けて、二階に上がろうとした。
その瞬間だった。ジョージの首筋に冷たい感触とそこそこの衝撃が走った。すぐに自分の身に何が起こったのかを察した。学生のとき、何度も味わった感覚だったからだ。
ジョージが急いで身を翻すと、ミラがニヤニヤとしながら杖を揺らしている。
「おい、なにすんだ!」ジョージは叫んだ。「卑怯だろ!」
「卑怯だって?お前、本当にジョージ・ウィーズリーかい?」ミラは声をあげて笑った。「『騙されるほうが悪いのさ』──きみらがさんざん私に教えたことじゃないか」
相変わらず自嘲気味に笑うミラだったが、目の奥は挑戦的に光っていた。ホグワーツ時代──俺ら双子にからかわれたときの──あの頃と同じ顔だ。
その喧嘩、買ってやろう。ジョージもあの頃と同じ、ニヤリを顔に広げて杖を取り出した。
ジョージの雪玉がミラの顔に直撃する。雪を浴びて顔中を真っ赤にしたミラがケラケラ笑って杖を振り下ろしたが、これをジョージはすんでのところで避けた。ミラの放った雪玉は積まれていた「ズル休みスナックボックス」に当たり、ガラガラと崩れ落ちたが、もはやそんなことは気になりはしない。
「フリぺンド! 回転せよ!」ジョージが杖を振るった。杖の先から出た青い閃光は、ミラの肩をすりぬけて入口にある「閉店」とかかっている看板にあたった。呪文を受けた看板はすぐにひっくりかえって「開店」になった。
それを見たミラの口元がニヤリとする。ジョージもそれに応えるかのようにニヤニヤを一層に深め、二人は同時に杖を振り上げた。
後日、魔法省にいたミラに紙飛行機が届いた。
- 請 求 書
イギリス魔法省 国際魔法協力部 国際魔法連盟イギリス支部
ミラ・ウィーズリー様
平素より格別のご高配を賜り、誠にありがとうございます。
先日、ウィーズリー・ウィザード・ウィーズにて、貴殿が「雪玉呪文」で破壊した商品たちの弁償につきましてご連絡申し上げました。
内訳は──