幻の動物とその生息地
十二月も半ばの頃。ホグワーツの外は銀世界で、粉のような雪が自習室の窓の向こうで風に揺らめいていた。二列に並ぶ長テーブルにはそこそこの生徒が座っていて、自習に励んでいる。
「ああ!もういやだ!」ミラが突然、教科書を机に叩きつけて叫ぶ。その声に周りの生徒たちはギョッとして彼女のほうへ振り向いた。
「あら、どうしたの?」ミラの隣に座っていたアダリン・ロイドも振り向いたうちの一人だった。テーブルに突っ伏して唸っているミラの傍らには教科書の「幻の動物とその生息地」と白紙の羊皮紙が転がっている。
「『魔法生物飼育学』のレポート課題じゃない!貴方、まだ終わってなかったの!?」アダリンの言葉に返事をする代わりにミラはもう一度唸った。
「お静かに!」
自習室の監督官であるイルマ・ピンスが入ってくるなりミラとアダリンを睨みつけた。二人は身を縮こまらせる。
ミラは体を起こして羽根ペンをくるくると指で回しながらため息をついた。
「授業ではそんなに困っているようには見えなかったけれど……。」またイルマに目をつけられぬようにアダリンは小声で言った。
「言われたことをその場でやるのは得意なんだ。でも、レポートとなるとね。」ミラも小声で返しながら頬杖をついた。「なにより、動物は何を考えてるかわからないだろう。」
「……その為にこの教科書があるんじゃないのかしら。」
アダリンが呆れ気味にそう呟くと向かいの席からクスクスと笑う声が聞こえる。ミラは笑い声の主を睨みつけた。
「笑わないでおくれ、フレッド。」膨れっ面をしたミラはまた羽根ペンを回し始めた。
ミラの表情に満足したフレッドは隣に座っていたジョージに顔を向けた。兄につられてジョージもクスクスと笑う。
「とにかく。読んでてここまで頭が痛くなった教科書は初めてだよ。」ミラは未だに笑っている双子を牽制するように横目で睨みながらアダリンに言った。
「私は素晴らしい教科書だと思うわ。」アダリンはミラの教科書を手に取りパラパラと捲りながら答える。「まるで直接魔法動物たちにインタビューしてきたみたいに詳しいんですもの。」
「この本を書くために世界を旅したって。昔チャーリーが言ってたぜ。」ジョージが教科書の表紙に記されている「ニュート・スキャマンダー 著」という部分を指先でなぞった。
「なるほどね。きっとミスター・スキャマンダーは相当な変人だったに違いない。」ミラはジョージの指先を目で追ってから、腕を組んで不服そうに鼻をならして言った。
「あら、その変人もハッフルパフの出身なのだけれど?」間髪入れずに口を出したアダリンの眼に挑戦的な鋭い光が走った。「私たちの偉大な大先輩よ。」
「おっと。」ミラは自身の寮の大先輩を変人呼ばわりしてしまったことに頭を掻きながら気まずい表情をする。
「噂じゃその偉大な大先輩はやらかして退学処分になったって、俺はそう聞いたけどな。」
フレッドはこの場をまだ引っ掻き回したいといったふうに嬉しそうな表情を浮かべてテーブルに身を乗り出す。
「ああもうフレッド、余計なこと言わないでちょうだい。」茶々を入れられたアダリンは頭を抱えて呆れた。
「それ本当かい?一体なにやらかしたんだろう?」ミラは少しだけ顔色を取り戻して、それから興味津々にフレッドのほうへ身を乗り出した。
「お静かに!」叫んだのはイルマだ。
彼女は自習室の教壇に積み重なっている大量の本の間から顔を覗かせて「次は減点対象にいたします。」と粛々と言い放った。
減点という言葉にミラとアダリンはまた身体を縮こまらせる。フレッドとジョージは気にも留めていないようで舌を出して笑っていた。
「それと、ミス・トウドウ。」イルマは手元の書類へ視線をやったまま険しい顔をする。
「はい、イルマ先生……。」突然名指しで呼ばれたミラは肩をびくりと跳ねさせてゆっくりと背後にある教壇へ振り返った。
「どんな著者であれ、八つ当たりしたところで課題はなくならないのですから無駄な足掻きはおやめなさい。」
イルマの正論にミラの顔は恥ずかしさで耳まで真っ赤になる。フレッドとジョージは同時に吹き出して「言えてる」と更に声を合わせた。
双子の兄弟だけでなく、他の生徒たちの忍ぶような笑い声も至る席から聞こえてきて静かになった自習室に響き渡る。
ミラは勢いよくテーブルに向き直って泣きそうな顔で隣に座るアダリンを見た。しかし、アダリンも肩を震わせて申し訳なさそうに笑いを堪えていた。
魂の抜けたような顔になったミラは、ついに観念したかのように依然として何も書かれていない羊皮紙へ向き合うのであった。