とある歌姫の鎮魂歌
イングランドのとある小さい村の外れにある丘には一人の魔女の姿があった。
夕暮れの沈みかける太陽に反射したその金色の髪は、まるで宝石のようにキラキラと輝いている。
「勇敢だったわね──グレース」
ジゼル・ワトソンは一言呟いて、それから目の前に佇んでいた墓石を愛おしげに撫でた。声色には慈しみとは他に憐れみも滲んでいた――この墓の下が空っぽであることをジゼルは知っていたからだ。
旧友の訃報がジゼルの耳に届いたのはもう何か月も前のことであったが、彼女の死を知ったときの気持ちは今でも鮮明に思い出すことができる。あれは、闇の帝王の復活を皮切りに再始動した「不死鳥の騎士団」のメンバーとして、長らく水面下で動いていたその真っ只中のことであった。
魔法省クーデターの中でグレースが戦死したこと、そして彼女の遺体を取り返すことができなかったことを聞いたジゼルは瞼にきつく蓋をしてその場しのぎの感情を取り繕った。
「来るのが遅くなって、ごめんなさい」ジゼルは溢れそうな気持ちを堪えてわざとらしく笑った。「怒ってるかしら、グレース」
うんともすんとも言わぬ墓の代わりに、生暖かい突風が丘に吹き抜ける。ジゼルは頬をくすぐられたような感覚がして身震いをした。
――怒ってるの?グレース
どこからかあの頃の自分の声がする。ただ退屈だけを恐れていたあの頃。ジゼルは遠くに十代の自分とグレースを見かけた気がしてクスリとした。
貴女に出逢ったのはもうどれくらい前になるのかしら。年上の、怖い顔をしたハッフルパフのお姉さん。いっつも「兵隊」を引き連れて、我が物顔でホグワーツを歩いていた貴女。
グリフィンドールの皆は怖がっていたけれど、私はちっとも怖くなかったなぁ。
ねぇグレース、話したことあるわよね。私の急なホグワーツへの入学が決まったときに両親は不安がっていたって。でも、ダンブルドア校長は偉大な人だって聞いていたし、不安なんか一切なかった。むしろ新しい環境に踏み込むことが待ちきれないくらいだったの。
そんな中で迎えた入学式で、ダンブルドア校長とお会いするよりも前に貴女と「兵隊」さんたちを見た。大勢の生徒を引き連れて──自信に満ち溢れた顔で──それが当然のことのようにつまらなさげに「行進」をするグレースはとっても異質で、とっても最高だった。その時の私の気持ちの高まりだけは、貴女に言ってなかったはずよ。
これから過ごす学校生活を想像して、ワクワクが止まらなくなった。ホグワーツ魔法魔術学校にはこんなにも面白い人たちがいるんだってね。
貴女は四つも年上だったけど、きっと仲良くなるって予感したわ。こんなこと言ったら貴女は鼻で笑うでしょうね。ええ、いいですとも。信じてくれなくたっていいわ。
だからこそ、二年生の頃に天文台の塔で貴女に話しかけられたときは嬉しかった。何を話してくれるのかってドキドキしていた。そしてすぐに貴女が私が思っているよりもずっと面白い人だったってわからされたわ。だって、まだ十二そこそこの女の子にピーブスとの関係について捲し立てるように尋問をはじめるんですもの!
私に興味を持った理由に思わず笑ってしまったら、貴女はそれこそゴーストを見るような顔をしてびっくりしていたわね──思い出したかしら?私たちはそこから始まったのよ。
「私は、仏頂面の貴女に『怒ってるの?』ってわざとらしく聞くのが好きだった。それに呆れたように笑う貴女も」ジゼルは悪戯っぽく笑って語りかける。「ちょっぴり生意気な後輩だったでしょう」
ジゼルは目を閉じる。瞼に鮮やかに蘇る記憶に想いを馳せるのを止めることはできなかった。
娘のアリスがハッフルパフの生徒と仲良くなった話を聞いた時、すぐに貴方の娘だとわかったわ。
とっても嬉しかった。当時の私たちのように、ホグワーツで他愛のない話をしているあの子たちのことを想像してそれはもう心が躍ったわ。
そう、ミラちゃんなら、大丈夫。貴方が何のために命を懸けたかをきちんとわかってる。驚くほど賢い魔女だわ──きっと貴女に似たのね。(『軍団』のことがバレてしまったことには同情するわ)
それにとっても素敵なパートナーが支えてくれてるみたい。かつて貴女と私もそうしてもらったように。
「私にはパートナーも子孫も必要ない!」なんて、あれは誰の口癖だったかしらね。
あなたがトウドウさんに出逢ってすっかりレディになってしまった話は次の機会にしましょうか。
「グレース、私はまだ泣いてあげないんだから」
ジゼルはゆっくりと立ち上がり、小さな白い墓を見下ろしながら弱々しく笑った。その奥にある悲しみを隠しきれない、儚くも美しい表情であった。
「ミラちゃんが気丈に振舞っているのに私が泣くわけにもいかないもの」ジゼルがポツリと言う。
彼女も私も、まだやるべきことがあるの。わかるでしょう。
数日後にジゼルはホグワーツに向かうことになっている。グレースと共に長い時間を過ごしたこの学校が、きっと最後の戦地になるだろう。
生きて帰ってきて、改めてここに訪れるつもりだ。その時には思いっきり泣いて、彼女が好きだった歌を歌ってやろうと思う。
気を抜いたら溢れてしまいそうな涙を引っ込ませるようにジゼルは大きく息を吸い込んだ。そしてそのまま、輝かしい夕焼けに飲み込まれるように姿をねじらせて消えていった。