本部と悪戯グッズ
「おい、起きろよ。ねぼすけ」
部屋の外からノックの音と共にフレッドの声が聞こえてきて、ミラは目を覚ました。カーテンの隙間から差し込む太陽の光にミラの半開きの目は更に細くなる。グリモールド・プレイスで迎えた初めての朝だった。
「……おはよう。すぐに着替えるから待っててくれないかな」ミラが寝起きの低く小さい声で扉に向かって話しかける。
「なんだって?」ジョージは聞き返した。壁を隔てているせいでミラの声は更に小さくなり消え入りそうなくらいだったからだ。
ミラはそれには何も答えずにベッドの傍らに置いていたトランクから服を雑に取り出して、もたつきながら着替えた。朧気のままようやく扉をあけるとフレッドとジョージがおんなじ顔を揃えて腕を組んで立っていた。
「もう九時だぜ」フレッドが片眉をあげる。
「まだ九時だよ」寝癖だらけのミラが焦点の定まらない瞳を動かして答えた。
ミラの切り返しに呆れ顔になった双子が、ボーッとしたままの彼女を抱き込んだ。三人は体をねじらせながらその場から瞬時に姿を消した。
バシッ!と音がしたと思うと、厨房にフレッドとジョージとミラが現れる。入口付近でウロウロしていたモリーおばさんが驚いて肩を飛び跳ねさせた。
「ちょっと!なんでもかんでも魔法を使うのは止めなさいと言ったはずでしょう!フレッド、ジョージ!」
「今回は俺らだけじゃないぜ」ジョージはニヤリと笑う。
「そうさ。昨日の夜、誰が来たと思う?ママ」フレッドが横へ一歩大きく動くと背後からくしゃくしゃに丸めた羊皮紙みたいに小さくなったミラが現れた。
「あら!」モリーおばさんは目を丸くする。「ミラ!来てたのね。ああ、言ってくれればよかったのに」
「ごめんなさい。おばさん、その」ミラは自分の寝癖を撫でつけながら、申し訳なさそうに上目遣いでおばさんを見る。
「そう、そうよね。あなたの事情はわかってるわ」モリーおばさんはミラの言い訳を待たずに強く彼女を抱きしめた。
「ところで、おばさん?ハリーは?」ミラが苦しそうにおばさんの胸元から顔を出す。
「もう向かったの。アーサーとね」モリーおばさんはハリーの名前を聞いた途端に貼り付けたような笑顔になった。「大丈夫よ。あなたは何も心配しなくていいわ」
さっきまで泣いていたのだろうか?近くで見なければ気づかなかったが、おばさんの目にはまだ充血が残っている。ミラは早起きしなかったことをいまさらに後悔をして、おばさんの手を優しく握った。
「とにかくいらっしゃい。朝ご飯にしましょう。もちろん、あなたの分もありますとも」
ミラからの心配をすかさず感じ取ったモリーおばさんは表情を切り替えて今度こそ本物の笑みを浮かべる。そしてミラの手を優しく解くと彼女の肩を抱いて厨房の奥へと引き寄せた。フレッドとジョージもあとに続く。
広い厨房に出ると、まずはミラの前を横切ったジニーが目に入った。それから長テーブルにはロン、ハーマイオニー、リーマス・ルーピン、そして長い黒髪の男が座っているのが見える。この黒髪の男をミラは知らなかった。
「ミラ!来てたのね」ジニーは驚きつつもミラへ微笑んだ。
「久しぶりだね、ジニー!そう、昨日の夜に到着したんだ。」ミラも微笑み返す。
すでに昨夜に会っていたハーマイオニー、ロンとは目配せを交わしたあとに小さく手を振り合った。
「やあ、久しぶりだね」テーブルを挟んでミラへ話しかけたのはルーピンだ。傷だらけの顔に優しい笑みを浮かべている。
「ルーピン先生?……それじゃ、ルーピン先生も、その――」
「そうだよ。不死鳥の騎士団だ。」ルーピンが答えを合わせるように言った。
「会えて嬉しいです!」ミラは弾んだ声を出す。ルーピンと会うのは彼がホグワーツの教授を辞任して以来だ。彼の授業は生徒からも評判がよく、人気があった。ミラは何より彼の人柄が好きだった。「いろいろ聞いてます。その、トンクス先輩から、手紙で……」
ルーピンがトンクスと恋人同士だということをミラはトンクスからのふくろう便で嫌というほどに聞かされている。
「参ったな」ルーピンは少し気まずそうにミラから目を逸らした。
「なによりの便りじゃないか、リーマス。」上座に座っていた長い黒髪の男がルーピンをニヤリと一度見て、それからおもむろに立ち上がりミラの傍に寄ってくる。
「えっと、おはようございます。その、失礼ですが、あなたは……」
「ここの家主だよ、一応ね」男は肩をすくめて前髪を目の上からかきあげた。ミラが想像していたよりも、ずっと優しそうな笑みをうかべていた。
「すみません!そうとも知らずに……」ミラは姿勢をピンと正して男へと向き直った。「あの、私、ミラ・トウドウと申します。昨日は遅くに到着しましてご挨拶ができずに――ああ、お部屋をひとつ、お借りしました――それから荷物は――」
少しつっかえながら喋るミラを見て、男は歯を見せて気さくに笑う。
「リーマスの言ってた通り、絵に描いたような日本人だな!だが、なにも気にしなくていい」男はミラに向かって両手を広げた。「シリウス・ブラックだ」
ミラもシリウスに応えようと両手を広げ返して挨拶をしようとした。しかし、すんでのところでフレッドがミラの首根っこを掴み阻止をしたのでシリウスとルーピンは苦笑いをする。
「ほら!みんな席について!ミラ、何が食べたい?」モリー夫人が杖を振るいながら厨房にドスドス音を立てながら入ってきて皆に呼びかけた。「オートミール?マフィン?ニシンの燻製?ベーコンエッグ?トースト?」
「ニシンの燻製!」ミラが元気よく答えると、モリー夫人はニッコリと笑ってまた杖を振った。
「なあ、ところでミラ」フレッドはオートミールをスプーンいっぱいに取りながらミラを見た。「例のアレ、買ってきてくれたかい?」
フレッドの言葉にジョージも朝食の手を止めてミラの顔を見た。
「ああ。もちろん。もちろん、買ってきたけど……」ミラは頬張ったニシンの燻製を飲み込むと煮え切らないような表情を浮かべる。
しかしミラとは正反対にフレッドとジョージの双子は高揚した顔をして互いに顔を見合せた。
「なんの話?」まだ眠そうなロンが三人を見る。
「二人に頼まれていたおつかいがあってね」ニシンの燻製を二人分も平らげたミラは苦しそうにお腹をさすりながら答えた。
「おい、言うなよ。ミラ」フレッドがニヤリと笑う。
「そうさ。口が裂けてもな」とジョージ。
「よからぬことなのは確かね」ハーマイオニーはトースト片手に怪訝な顔をして双子を見た。
「想像にお任せしますとも」フレッドは爽やかに言うと胸の前で手を合わせた。「ゴチソウサマ」
フレッドの後に続いてミラとジョージも「ごちそうさま」と手を合わせる。ハーマイオニーは見たこともない日本の習慣に首を傾げたが、ロンはもう見慣れていた光景だったようでちっとも気にしていなかった。
ミラとフレッドとジョージは三人分の空っぽの皿を手早く片付けると厨房を急ぎ足であとにする。
厨房に残った者たちは、入口のドアを挟んだ廊下から「まて!食後の『姿あらわし』はまずい!」というミラの叫びを聞いた。全員がハッと驚いて厨房の扉を見つめたが、すぐにバシッ!という音がして三人の気配は完全に消えてしまう。皆は憐れむ気持ちでミラに祈りを捧げた。
すぐに三人はミラの寝室に回転しながら現れてミラ以外の二人が綺麗に着地をする。厨房からの祈りは届かず、片膝をついてげんなりとしたミラはのろのろと立ち上がった。
「悪かったよ、ミラ」フレッドとジョージは声を合わせて謝るが、二人とも口角はヒクついていた。
「きみたち、やってくれたね……」ミラは懐から杖を取りだしてベッドの脇に置いてある自分のトランクに向ける。めずらしく彼女が自らの意思で杖を握る――その姿を見た双子の兄弟は一転して青ざめる。
「今ここで例のアレを燃やしてもいいんだぞ。マグルの『ライター』を使うよりも手っ取り早くね。」
「マジで悪かったって!もうしないよ!」フレッドが慌ててミラの腕を掴んだ。
「俺からも約束するよ、ミラ」ジョージはもそもそ言う。「少なくとも食後は」
「ジョージィ!」ミラが叫ぶと、ジョージはついに観念して両手をあげた。
それから、ミラは自身への「姿くらまし」は許可制にすることをフレッドとジョージに約束をさせた。双子は俯いてミラには見えないように心底残念そうな顔をしていた。
ミラは魂も一緒に抜けていってしまいそうな深いため息を吐いた。そして、いよいよというふうにトランクをベッドの上に乗せる。フレッドとジョージはパッと顔を上げてそのトランクに視線を集中させた。
「本当に大したものじゃないんだけど、いいんだね?」ミラは改めて確認するように聞いた。
「もったいぶらないでくれよ」フレッドはそわそわして急かす。「俺らが注文した品じゃないか」
「右に同じ」ジョージも続いた。
二人の意志を確認したミラはようやくトランクを開ける。中に敷き詰められているいっぱいの衣服をかき分けて、いくつかの紙袋を取り出した。
「まずは、きみたちが一番欲しがってた『パッチンガム』だよ」ミラが小さな紙袋を一つ、双子へ向かって放った。
受け取った二人は思わず歓声をあげる。フレッドが一枚だけ飛び出ているガムを引っ張ると、バネが作動して指が銀板にパチンと弾かれる――日本で流行っていた悪戯グッズだ。
「いってえ」フレッドがゲラゲラと笑いながらも少しだけ顔を歪めた。
「そう、それ、結構痛いんだよ。やるなら冗談が通じる相手にしたほうがいいね」ミラは言う。
「俺らの冗談が通じない相手なんかいると思う?」ジョージはニヤリと笑った。
「はいはい。じゃあ、次にいこうか」
ミラは次の紙袋をジョージに手渡した。ジョージはまるで初めてクリスマスプレゼントをもらった子供かのように紙袋を乱暴にあけて中身を確認する。
「もしかしてこれが『転覆カップ』かい?」ジョージが言う。
「そうだよ」ミラが答える。
テーブルに置いておけば、まるでカップが倒れてその場にコーヒーを巻き散らかしているように見える悪戯グッズだ。こぼれているようにみえるコーヒーはプラスチックで出来ている。
「しかし、理解できないな」ミラは眉間にシワを寄せて言った。「こんなもの、魔法族には通じないと思うのだけれど。マグルのような電化製品を使うわけでもないし、汚れなんて杖さえ振れば綺麗になるじゃないか」
「そこを逆手にとるんだよ」フレッドがニヤニヤしてジョージに目配せする。
「ああ。カップが倒れているのを見たらまずどうする?そう、ミラの言う通り杖を取り出すだろう」ジョージもニヤニヤが我慢できない。「ところが、だ。別にこのカップは零れてもいないし壊れているわけでもない」
「魔法が効いてないことに焦って杖をブンブン振り回すママを思い浮かべるだけで楽しくなってくるよな」フレッドが言う。
「なんというか……」ミラが呆れているのか感心しているのかわからないような声色で言った。「天性の悪戯好きってキミたちのことを言うんだろうね」
「お褒めに預かり光栄でございます」ジョージはフレッドと顔を見合せて笑った。
「じゃあ、これも同じふうに使うのかい?」
ミラが最後の紙袋をその場でひっくり返した。紙袋からは小さくて黒い何かが何個もボタボタと落ちてくる。
「いンや、これはただのロニー坊や用」フレッドが落ちた黒い塊を一つだけつまみ上げてまじまじと見つめた――ミラからすればマグルの店でよく見かけるただの蜘蛛のおもちゃだ、
「すっげえ。思ったよりリアルな蜘蛛だな」ジョージが言う。
「ロンのやつ、杖を取り出す前に失神しちまうだろうよ」フレッドが笑う。
「そこそこにしてあげるんだよ、二人とも」
ミラが今度こそハッキリと呆れ顔を見せたときだった。
「思ったとおりだ!」
下の階からつんざくような声が響いてきた。この声は、恐らくロンだ。それだけではない、なんだか下が騒がしい。ロン以外にもいろんな声が混ざってザワザワしているようだった。
「おい、もしかして……?」ジョージは言う。
「ハリーが帰ってきたに違いないよ!」ミラはジョージの顔を見て頷いた。
「そうだな。すぐに行こう――あー、ミラお嬢様、そうですね、『姿あらわし』をさせていただいても?」フレッドはよそよそしく言ってから、ミラへ手を差し伸べた。
「キミ、ほんとに人を腹立たせることが上手いな」ミラはふくれっ面になりながら、フレッドの腕に手を伸ばす。「答えはイエスだよ」
ジョージもニヤニヤと笑いながら自身の腕を二人の腕に重ねる。そのまま三人は空間に飲み込まれるようにして部屋からたちまち消えたのだった。