ゴブレットに名前を入れるのは誰?

 「聞いたよセドリック。」賑やかなハッフルパフの談話室からミラが弾んだ声が聞こえてきた。「ゴブレットに名前を入れるんだって?」
 背後から声をかけられたセドリックはソファーに座ってかぼちゃジュースを飲んでいたが、唐突なミラの問いに思わずそれを吹き出しそうになった。それから誤魔化すように咳払いをしてソファーの背を前にして立っているミラへと上半身をひるがえした。
 「俺たちも今それを聞いてたところなのさ。ミラ。」セドリックがミラへ答えるよりも前に、既にソファーを囲っていた友人たちがニヤニヤと笑いながら彼の脇腹をつついた。まともに受けたセドリックは身をよじらせる。
 セドリックが三大魔法学校対抗試合トライ・ウィザード・トーナメントの代表選手に立候補しようとしてるらしいというのはここにいる皆が知っていた。ハッフルパフ生だけではなく他の寮の生徒たちの間でもこの噂で持ち切りなほどだったが、鈍感なミラの耳にこの話が入ってきたのは今日の夕飯時のことだった。
 「ど、どうしてミラまでそんなこと聞くんだい?」からかった生徒を腕で制止したセドリックは困惑の表情の上から愛想笑いを貼り付けたような顔になった。
 「どうしてって、みんな言ってるじゃないか。」今度はミラの方が困った顔をする。「ただの噂なら、いいんだ。……不快にさせたのならすまない。」
 ミラとは一年生の頃から切磋琢磨してきた仲間だ──信頼のおける友人があからさまに落胆したように肩を落とすのを見たセドリックはついに観念したかのような表情をしたあと息を吐く。
 あれほどうるさかった談話室は、セドリックの答えを聞こうと見守る生徒たちでいつの間にか静まり返っていた。
 四方八方から刺さる視線を受けたセドリックは緊張の色をにじませながら答えた。
 「……実は明日、ゴブレットに名前を入れようとは思ってる。」
 このセドリックの言葉には周りの生徒が待ちわびたといわんばかりに歓声をあげた。いろんな生徒たちが彼の肩を抱いて揺すったり、指笛を鳴らしたりする。セドリックはされるがままではあったが、顔だけは無理やりにミラに向けた。
 「ほら、僕のパパのこと、わかるだろ?」
 セドリックの含めた言い方にミラは彼が言わんとしていることを理解した。セドリックの父親──エイモス・ディゴリーが息子をものすごく・・・・・誇りに思っていることをミラはじゅうぶんに知っていたからだ。
 去年の寮対抗クディッチ杯で、ハリー・ポッターが吸魂鬼ディメンターの攻撃で箒から落ちてしまった時も、セドリックはフェアじゃないと言っていたがエイモスは「勝ったのはお前だ。」と譲ることがなかったし、今年の新学期が始まる前にディゴリー家とウィーズリー家と同じ移動ポートキーでクディッチのワールドカップに向かった際も彼は息子の自慢話ばかりであった。
 セドリックは誰に対してなのか申し訳なさそうな顔をしたが、その様子とは裏腹にミラは不敵に笑って彼を見つめた。
 「私はセドリックなら絶対に選ばれると信じているよ。君が普段どれだけ優秀かも知っている。それだけではなく素晴らしいシーカーであり、誰よりも勇敢な生徒だもの。」ミラはその場にかがんでからソファーの背に身を乗り出した。「いいかい、君はハッフルパフ生の誇りなんだよ。」
 「参ったな。君にそんな事を言われるとは思ってもなかったよ。」セドリックはミラからの褒め殺しに小っ恥ずかしさから目を伏せた。そしてもともとピンク色だった彼の頬が更に鮮やかになると、自分が談話室のお祭り騒ぎの中心にいるにも関わらず周りの喧騒が耳から遠くなっていく感覚がした。
 「ミスター・ディゴリーの事なんか関係なくとも君は名前を入れるべきだし、もちろんそうしていただろう?」 ミラは時折騒いでいる生徒を楽しそうに目で追いながらも、諭すような声色で続けた。
 「流石は『カナの輪』の同志だ。」セドリックは彼らしい見慣れた笑顔ではにかんだ。

 次の日、セドリックは宣言通りに名前入りの羊皮紙の破片を玄関ホールにそびえ立つゴブレットに放り込んだ。彼の背後でそれを見守っていたミラは周りの生徒と一緒に拍手をして讃えた。無事に一連を見届けることができて、さあ帰ろうか──とセドリックに声をかけて出口へ歩き出した瞬間だった。
 聞き覚えのある大音量の歓声が三つ、階段から響き渡る。ミラが向かおうとしていた出口、つまり入口からひどく興奮したフレッド、ジョージ、リー・ジョーダンが駆け足で現れた。
 ああ、この顔は間違いなく最悪な事を企んでいる──ミラは長年培われた勘により顔を伏せながら足早に通り過ぎようとしたが、双子はそれを見逃していなかった。
 フレッドとジョージは二人がかりで牛馬を捕らえる投げ縄のように腕をミラの上半身にかけてそのまま引きずっていく。リーもニヤニヤとしながらその後に続く。
 「まっ……てくれ!……セドリック!」
 苦しい表情のままミラはセドリックに助けを求めたが、勇敢なる立候補者は気まずそうに「先に談話室に行ってるよ。」と頭を掻いて背を向けた。そして玄関ホールを抜けて階段をいそいそとのぼっていく。
 『おい、コラッ……。』絶望の中でミラが反射的に日本語を絞り出した時にはもうゴブレットの目の前まで引きずり込まれてしまっていた。
 「つれねぇな、ミス・トウドウ?」フレッドがそのまま腕をミラの首まで回して顔を近づけた。
 「セドリック選手は見届けておいて、俺らは無視かい?」ジョージはにんまりと笑みを浮かべてミラを腕から解放して、自身の胸元で組み直した。
 「見届けるも何も君たちはまだ十六歳だろう!」
 「鈍いな。」ジョージがニヤリと歯を見せた。
 「『老け薬』だよ。今飲んできた。」リーが空になった試験管をミラの目の前でゆらゆらと揺らす。
 「君たちは、バカなのか?そんなの効くはずないだろう。」
 ミラは呆れて思わず溜息をついたが、彼女の心情とは裏腹に周りは拍手喝采だった。三大魔法学校対抗試合トライ・ウィザード・トーナメントが安全面の観点から魔法使いの成人である十七歳からしか立候補が出来ないとダンブルドア校長が宣言したとき、どの寮からもたくさんの野次が飛んだ。無念を今こそ晴らすべきと、生徒たちは嬉しそうにその勇姿を見守っていたのだった。
 「ミラの言う通り、そんなの効くわけないわ。この『年齢線』はダンブルドアが直々に引いてるのよ。」
 歓声に包まれる玄関ホールを裂いたのはハーマイオニーの警告だった。彼女の言う通り、名前を入れるゴブレットを囲うように魔法使いの年齢を分別する「年齢線」が引いてある。ゆらゆらと煙を巻いたような金色の線だった。
 「まあ、君たちはそこで見てろよ。」
 フレッドはミラとハーマイオニーを横目に「フレッド・ウィーズリー──ホグワーツ」と書かれた羊皮紙のメモを持ちながら「年齢線」を越える。
 何が起こるのかと、ミラもハーマイオニーも他の生徒も固唾を飲んで見守ったが何も起こらない。
 何も起こらないということは成功したということだ──やった、という叫び声とともにジョージも勝利を確信して線の中に飛び込んだ。予想外の出来事にミラとハーマイオニーは思わず顔を見合わせた。
 しかし次の瞬間、ジュッという音ともに二人は円を描く線の外に勢いよく放り出された。三メートルほど吹っ飛び玄関ホールの石の床に叩きつけられる。
 それから二人ともまったく同じ白く長い顎髭がみるみる生え出してきて、玄関ホールが大爆笑の渦に引き込まれた。
 もちろんミラも例外ではなく、お腹を抱えて誰よりも笑い転げた。ハーマイオニーは呆れたような顔をしていたが口角はピクピクと引きつっていた。
 大恥をかいたと自覚しつつもお互いの顔を見合わせて思わず笑ってしまったウィーズリーの双子の元にダンブルドアが大広間からやってきた。
 「忠告したはずじゃ。」ダンブルドアはいつもの通り目をキラキラとさせて彼らの白髭を上から下まで見ると「今までの誰よりも長いのう。」と嬉々として目を細めた。
 それから「すぐにマダム・ポンフリーの元へ行くがよい」と校長は続けて、リーとミラに付き添われながらフレッドとジョージはその場をあとにした。
 笑い声は玄関ホールにしばらく残り続けていた。
 「最高だよ。二人とも。」
 「笑うなよ、ミラ。」ミラの言葉にフレッドとジョージは声を合わせて言った。
 既にリーは朝食をとるために医務室を去っていたあとだったが、ミラはそれに続かなかった。髭面の双子を好きなだけからかえると思えば朝食など惜しくなかったからだ。
 「ねぇ二人ともちょっとまって、じっとして──ほらできた。」ミラはフレッドとジョージの長く伸びた顎髭を一人ずつ順番に三つ編みに仕上げて、その出来上がりを見てお腹を抱えて笑った。ここに来てもう十回は同じように笑い転げている。
 「君、性格悪いな。」フレッドがミラを膨れっ面で睨む。
 「お陰様で。」ミラは笑い疲れて目に溜まった涙を指で拭いながら言う。
 ジョージはといえば、自身が同じ状態な事も忘れて兄の三つ編みを施された顎髭を見てひたすらに笑ってたいた。

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