魔法使い学生会合
日照りの多かった夏の果、残暑に忍び込む秋風がグリモールド・プレイスの夜を覆っていた。
多くの住宅が立ち並ぶ静かなこの街に、バシッ!と音と共にミラが体を回転させながら現れた。夏休暇のほとんどを日本で過ごしていた彼女は東京とロンドンとの寒暖差に思わず一度身震いをして、それから歩き出した。ミラは重そうなトランクを両手で持ち、八番地、九番地……と通りを足早に抜けていく。長い髪を揺らしながら忙しなく足を動かす彼女の姿が街灯に照らされて浮かび上がっては消えてを繰り返していた。
やがてミラは十一番地で足を止めると、懐からライターを取り出した。もちろんただのライターではない──「灯消しライター」だ。ライターを何回か鳴らすとそれまで通りを照らしていた街灯の明かりがミラの手元に全て吸い込まれてたちまち消えてしまう。そして地面が少し揺れたかと思うと、真っ暗なグリモールド・プレイスにあるはずのない「十二番地」の古めかしい扉が両隣の家を押しのけるようにして現れた。
ミラは杖を取りだして鍵穴もないその扉を一度だけ叩いた。内側からカチッカチッという金属音とカチャカチャと鎖が絡むような音がして、ギーッと扉が開く。
玄関は明かりが奪われた街よりも真っ暗だ。ゆっくりと二、三歩足を踏み入れてからミラは街灯の明かりを戻し忘れたことに気づき、上半身をひねらせて再度「灯消しライター」を使った。街にオレンジ色の光が次々に戻っていくのを確認したミラは屋内へ視線を戻した。その時だった。
バシッ!バシッ!と二回大きな音がするやいなや、どこからともなくフレッドとジョージの二人がミラの目の前に現れた。
「やあ、ミラ。遅かったじゃないか」得意げに笑うのはフレッドだ。
この登場にはミラも完全に不意をつかれてしまい、驚きのあまりしばらく言葉が出てこなかった。双子の兄弟を交互に見つめてただ口をパクパクを動かすのが精一杯だった。
「すっげえ顔!」固まるミラを見たジョージは歯を見せて大きく笑う。
「……暗闇の中、いきなり同じ顔がふたつ浮かんできたときの恐怖を君たちに理解させる術がないのが非常に残念だよ」ミラは血が通っていないような白い顔をさらに青くさせて溜息をついた。「どうして私だとわかったの?」
「簡単さ」ジョージが言う。
「街灯が不自然に消えた」とフレッド。「『灯消しライター』を使ったんだろ?ここに来るためにマッドアイに貸してもらったってふくろう便で言ってたじゃないか」
フレッドの言葉にミラはこっくりと頷く。それからポケットに忍ばせていた「灯消しライター」を取り出し、双子に見せつけた。
「この何の変哲もない筒がそれなのか?」ジョージは目を皿のようにする。
「そうだよ。『ライター』──マグル製品にそっくりだったから、私もビックリした」
それから、ミラはここ数日間の出来事をフレッドとジョージに語り出した。
日本に帰ってきたミラはまず魔法省で働く母親のグレースの元を訪ねた。ミラは単身で帰国していたので無事に帰宅したという報告のためだった。
グレースは自身の所属する国際魔法協力部にいたがなにやら深刻な顔をしていて、娘の顔を見たとたんにすっ飛んできた。そして、家に戻ったらすぐ荷造りをしてなるべく早くグリモールド・プレイスにある家に向かいなさいとミラだけに聞こえるように囁くのだ。
その理由と詳細を問おうとしたところで、今度は闇祓いのマッドアイ・ムーディーとニンファドーラ・トンクスがやってきた。ミラは久しぶりに再会する恩師たちに嬉々として駆け寄ったが、二人の顔は険しかった。そしてグレース、マッドアイ、トンクスの三人はお互いに含みのある目線を交じり合わせた。
「ここでは話せないの」トンクスがミラの気持ちを察してか、苦虫を噛み潰したような顔をしてミラへ謝った。
マッドアイも場所の詳しくは話せないの一点張りだった。だがその代わりに手渡されたものが「灯消しライター」だったというわけだ。
「きみたちもここにいると手紙で読んだときは驚いたよ」ミラがフレッドとジョージにここまでの経緯を打ち明けると抱えていた荷物をその場に置いた。
「住所も教えてもらえずによく辿り着いたよな」フレッドがそう言いながらミラの荷物を彼女の代わりに抱える。
「それもこれのおかげなんだ」ミラはもう一度だけフレッドとジョージにライターをチラつかせてからポケットに戻した。「グリモールド・プレイスなんて見たことも聞いたこともなかったのに、姿あらわしであっという間にたどり着いちゃったんだ」
「ほう、そりゃずいぶんと便利な品なんだな」ジョージがミラのポケットに何かを企んだ目を向けたので慌ててミラは「あげないよ」とひとこと言った。
「それで?今度はこっちが色々聞きたいんだけど」
ミラがこの後になにを言いたいのかはフレッドもジョージも理解していた。
「まあ待てよ。立ち話もなんだから、とりあえず部屋に行こうぜ」フレッドが天井を指さした。「ロンたちのいる部屋に行こう。挨拶したいだろ?」
「ン、そうだね。でもマッドアイ先生に挨拶するのが先だ」ミラが廊下をキョロキョロと見渡しながら言う。
「マッドアイなんかいないよ」ジョージが両手を頭の後ろで組む体勢をした。
「どういうことだい?」
「そこのところも上で詳しく話すさ。とりあえず、連中への挨拶は明日にしようぜ」フレッドがのんびりと答える。
「……わかったよ。」ミラはしぶしぶに納得した。「で、部屋は何階にあるの?」
「何階にあるかだって?」ジョージはミラの問いわざとらしく驚いたように叫んだ。「ああ、ミラお嬢さま。きみはそんなこと気にしなくていいのさ」
ミラにはジョージの言っていることがさっぱりわからなかったので、ゆっくり首を傾げた。
「こっちだよ」
それだけ言ってニヤリと笑ったフレッドがミラの腕を掴むと、同時に彼女の視界はぐるりと一回転した。
体がねじれる感覚がしたときに姿くらましに巻き込まれたとミラは悟る。そして次に目に入ってきた光景は部屋にいるロン、ハーマイオニーが驚いた様子でミラを見つめているところだった。
「ミラ!」ロンが叫ぶ。
「……ロン、久し振り。」ミラは意図しない姿あらわしにまだよろめきながら苦笑いした。「それにハーマイオニーも。元気だったかい?」
「ええ、元気よ。双子の散々な『姿あらわし』にまだ驚ける体力があるくらいね。」ハーマイオニーは引きつった笑顔で言う。
「なるほど。彼等はずいぶんと使いこなしているみたいだね……」ミラがそう言うとハーマイオニーは肩をすくめるが、すぐに両手を広げてお互いに抱きしめ合った。
「そんなことより、日本はどうだった?」ロンは興味津々な態度でミラとハーマイオニーの間を割った。
「うん、悪くなかったよ。父親のお墓参りにも行けたしね。ちょうどお盆で──日本のマグルの夏には『お盆』といって、こっちでいうハロウィンみたいな行事があるんだけど──」
「聞いたことあるわ」ハーマイオニーも負けじと食い下がり割って出る。「その期間だけ死んだ人間がゴーストになって戻ってくるのよね」
「へえ!」ジョージが手を叩いた。「ゴーストを見たけりゃホグワーツに死ぬほどいるっつうのにな。」
「おいおい、ジョージ。マグルの目にはゴーストなんか見えちゃいないのさ。それに──」フレッドは言いながらニヤニヤしていたが、途中でミラが歯茎をむき出しにしてこちらを睨んだのが見えたの慌てて口を閉じた。
「ハーマイオニー、ロン、すまないけど私たちには本題があってこの部屋に来たんだ」表情を柔らかく切り替えたミラはベッドに腰を下ろした。
「いったい何があったの?」
ハーマイオニーも心配そうにミラを見つめながら彼女の傍らに腰を下ろす。ミラは日本から帰ってきてから今までに何があったのかをフレッドたちのときと同じようにロンとハーマイオニーに伝えた。
「待ってよ」ロンが話を終えたミラに向かって言う。「つまり、きみは何も知らないの?ここがどういうところで、誰がいて、なんのために集まってるのかとか……」
「ロニー坊やにしては察しがいいじゃないか」フレッドがクスクス笑う。
「フレッド、茶化さないでおくれ」ミラがベッドに座ったまま片腕を伸ばしてフレッドの足をパチンと叩いて怒った。「まさにそれが本題なんだよ、ロン。私はここがどういうところかも、誰がいるのかも、なんのために集まっているのかも何も知らないんだ。そして何故わたしが連れてこられたのかも、ね」
「なんてこと……」ハーマイオニーが頭を抱えた。「ミラ、順を追って話すからよく聞いてね──」
ハーマイオニーはミラの知りたいことを簡潔にまとめて話してくれた。
ここはダンブルドアが率いる秘密同盟──不死鳥の騎士団の本部として使われている家だということ
。
不死鳥の騎士団とは失踪前の「例のあの人」と戦うために設立したもので、設立者もダンブルドアだということ。
去年の「例のあの人」の復活をきっかけに、ウィーズリー家やホグワーツの一部の教員たち、前回「例のあの人」と戦った人たちが本部に出入りしていること。
会議は頻繁に行われていたようだが、学生たちは混ぜてもらえなかった。しかし最近になってやっと活動の全貌を聞くことができたらしい。
騎士団は「例のあの人」の作戦の実行を阻止するため、現在も全力で動いているそうだ。
「それで、最後の貴方の疑問についてだけど」ハーマイオニーはまだ続ける。「きっとお母様がミラを心配してマッドアイたちに貴方の保護を頼んだのだと思うの」
「どうして母が?保護者はむしろ母のほうなのに」ミラは目を丸くした。
「もしかしてだけど魔法省が今どうなっているのか、それも知らないのかい?」フレッドは頓狂な声を上げる。
「『日刊預言者新聞』は読んでる?」ハーマイオニーが聞く。
「いいや。すぐ日本に行ってしまったから……」
ミラがおっかなびっくりというふうに首を横にぎこちなく振るとロンが途方に暮れた様子で項垂れた。
「なんてこった!きみもかい!」
「きみもだって?」ミラが目を細めて自分の顎に手をやる。他にも私のような何も知らずに連れてこられた人がいるのだろうか。
「とりあえず、新聞を読めばわかるわ。ハリーが──」
「僕がどうかしたの?」
ハーマイオニーがハリーという名前を出した瞬間に当の本人の声がしたものだから部屋にいた全員がびっくりして声の出処を探した。部屋の扉はいつの間にか開いており、その前に突っ立っているロンのすぐ後ろからハリー・ポッターが出てきた。
「ハリー!久しぶりだね」ミラは立ち上がってハリーの元へ小走りで寄って抱き締めた。
「久しぶり、ミラ。きみも来てたんだね」ハリーは少し笑って答えたが、ミラの肩越しにムッとするフレッドが見えたので急いで離れた。
「なんだか、顔色が悪くないかい?具合悪いの?」ミラは心配そうにハリーの顔を覗き込んだ。
「あー、そのことなんだけど……」ハーマイオニーが慌てて立ち上がってハリーとミラを交互に見る。「ミラは何も知らないの。本当に何も。だから、『日刊預言者新聞』を見たら早いかと思って──」
ミラはドキドキしながらハリーを伺う。しかし意外なことにハーマイオニーの「何も知らない」という言葉にハリーは少し顔色を取り戻したようだった。
「いいよ。何も知らないのなら見た方が早いしね」含みのあるハリーの言い方には少し棘があったが、その矛先がハーマイオニーとロンに向いていることにミラは気づいた。二人はまるで本当に棘が刺さったみたいにたじろいで居心地の悪そうな顔をした。
気まずい空気に耐えかねたジョージが苦笑いしながらここ一週間の「日刊預言者新聞」をミラに持ってきてくれた。
その新聞の記事をある程度目を通したところでミラの顔が徐々にこわばっていく。
一見は本当に普通の記事だ。しかし隅から隅まで読むとそこにはハリーを貶めるような内容ばかりが散らばっていた。「思い込みの激しい目立ちたがり屋」「自分を悲劇のヒーローだと思っている」など、できる限りの言葉でハリーを攻撃している。全く関係のない記事にさえ「ハリー・ポッターにふさわしい話」と締めくくられている。新聞紙から漂うハリーへの悪意にミラの顔は真っ赤になり、これ以上は見たくないと言うかのようにその「悪意の塊」を窓際に投げつけた。
「ひどすぎる!なんでこんなことに!」頭から湯気があがるのではないかというくらいにミラは憤慨した。
「全部、ファッジのかけた圧力のせいよ」ハーマイオニーには嘆きの色が顔に表れていた。「ファッジは『例のあの人』の復活を頭から否定してる。ハリーの言う事が嘘だと信じたいようなの」
「どうしてだい!私たちは見ただろう?彼の──彼の……」ミラは声は震えていてどんどん小さくなり、そのまま言葉に詰まってしまった。去年目の当たりにしたセドリックの死を思い出して全身の毛が逆立つような感覚になる。「あれがヤツの仕業でないなら一体なんなんだ!」
「きみの言う通りさ。ミラ」フレッドがミラの傍らに立って肩を抱いて慰める。
「ダンブルドアが僕をけしかけて魔法省を転覆させようとしてるとファッジは本気で信じているんだ」ハリーは全身で溜息をついた。「だから、まずは僕を潰そうとしてる」
それからハリーは自身が今置かれている状況を説明しはじめた。
話によると、ハリーの住むリトル・ウィンジングに二体の吸魂鬼が現れたそうだ。どうしてなのかはわからないが、そいつらはハリーがマグルの甥といたところを突然襲った。彼はやむ無く守護霊の呪文を使ったという。しかしそのことが「未成年魔法使いの妥当な制限に関する法令」の重大な違反を犯したものとして、ハリーは明日にはウィゼンガモット法廷に出向いて懲戒尋問にかけられなければいけない──なんとも馬鹿げた話であった。
「……アホらしい。ハリー、胸を張って法廷に出るといい。君は何も悪くないのだから」あまりのばかばかしさにミラはさっきまでの激昂が波にさらわれてしまったかのように引いていくのを感じた。
「ありがとう」ハリーが口元だけで笑う。恐らく何度も同じようなことを周りから言われているのであろう。
「……というか、その事件こそ記事にするべきじゃないのかい」
「一切してないね。その事件も、『例のあの人』の復活に関しても、ファッジは記事にさせないようにしてるから」ロンは苛立ちを隠さずに答える。
「だから一般の魔法使いたちは何も知らないのよ。みんなに周知するべきだと騎士団の人たちは言ってるわ。でも、魔法省があんな状態だと……」
ハーマイオニーの魔法省に対しての苦言にミラはすぐ頭に母親のことを思い浮かべた。不死鳥の騎士団の幹部であったマッドアイと話していたところを見ると、母親はハリーやダンブルドアの言葉を信じているはずだ。ミラはグレースが「日刊預言者新聞」のむちゃくちゃな記事を鵜呑みにしていないことを悟り、胸を撫で下ろす。
そんな彼女の具合を見たハーマイオニーはまた口を開いた。
「ミラのお母様は魔法省の人間だから、表立って闇の魔法使いから貴方を守ることは難しいと考えたのだと私は思うわ。『例のあの人』の復活を肯定するような行動を取れば職を失う可能性だってあるもの」
「だから秘密裏に活動する不死鳥の騎士団に自分の娘を預けたってわけだな」ジョージが補足をするように付け足した。
ミラは自分がここに連れて来られた理由をようやく理解できたような気がして、腑に落ちた表情を浮かべる。しかし同時に、撫で下ろした胸が今度はザワザワと音を立てはじめている。
──見たくないものに蓋をする魔法省の態度が今後も変わらないとなればどうなるだろう?力をつけた「例のあの人」や死喰い人デスイーターにとって、腑抜けの魔法省は恰好の的になってしまうのではないか?そうなったら母親はどうなる?最悪の事態を考えるミラの喉がヒュッと鳴る。
「……ミラはそろそろ寝た方がいいみたいだな」それまでしばらく聞き役となっていたフレッドが急に口を開いた。「いいかい、きみはここ数日忙しくて今すっごく疲れてるはずなんだ。疲れてると、人間嫌なことばかり考えるもんだろ」
フレッドの宥めるような口調は、彼にはミラの考えることが全てお見通しだということを表していた。
「そうね。もう遅いし。ハリーも明日は大事な日だものね。」ハーマイオニーもフレッドに同調して、ハリーはこくりと頷く。
「空いてる部屋、好きに使っていいと思うよ」ロンがミラに言うついでに大きな欠伸も漏らした。
「俺らの部屋の隣はまだ誰も使ってなかったと思うな。」フレッドが悪戯っぽい笑みを浮かべて手を差し出す。「案内しようか。」
「ああ。ぜひお願いするよ。もちろん、歩いてね」フレッドの冗談に少しだけの元気を取り戻したミラは少しだけの笑みを返してシッシッと叩く仕種をした。
それからミラ、フレッド、ジョージの三人はハリーたちに「おやすみ」を言ってその場を後にする。
深夜に開かれた魔法使いたちの学生会合はこうしてお開きとなったのだった。