ホグワーツへの旅

  汽笛の音が、九と四分の三番線のプラットホームに鳴り響く。汽車がゆっくりと滑り出すと、コンパートメント席に座ったミラは車窓の外にいるグレースたちへもう一度手を振った。見える景色は次へ次へと後方に流れていく。汽車のスピードはどんどん増していって、キングズ・クロス駅があっというまに小さくなった。ミラは小さく息を吐いた。いよいよ、ホグワーツでの生活が始まる。
 「いつまで拗ねてるんだ?」
 向かい側の席に座っていたフレッドが、ミラの顔を覗き込んだ。隣に座るジョージも兄につられるようにしてミラの顔を見つめる。おんなじ顔ふたつに見つめられたミラは咳払いをして頭上のゴーグルを触った。
 「別に。私、拗ねてないぞ……」
 「どう思う?フレッド」ジョージがフレッドを見る。
 「顔を見りゃわかるぜ」フレッドはミラの顔を指さした。「完全に拗ねてるな」
 ミラはばつの悪そうな顔をして、フレッドの指を叩いてどける。拗ねているのは本当だったので、何も言い返せなかった。
 「それにしても珍しいよなぁ。魔法嫌いの魔女なんてさ」
 フレッドが機嫌の悪そうなミラへお構いなしに続けた。傍らではジョージもウンウン頷いている。
 「嫌いなわけじゃないよ」ミラがまたゴーグルを触った。「興味がないだけだ。わかるかい?」
 「まったくわからないね」ジョージが鼻を鳴らして笑う。
 ミラがジョージを不服そうな目で睨んだ。そりゃそうだ、この二人は魔法を使った悪戯を試したくて今からウズウズしてるはずなんだから。ミラは双子に歯をむき出しにして嫌な顔をしてやった。
 その時、ガタンと一度汽車が大きく揺れた。その衝撃にミラは威嚇顔をしたまま、短い悲鳴をあげて座席から転げ落ちる。
 「おいおい、大丈夫かい?ミラ」
 フレッドが床に尻をつけたミラに手を差し伸べる。がっしりとした体つきの双子は少し体勢を崩した程度だった。ミラは世にもみじめな気持ちになりながら、苦笑いをしてフレッドの手を掴んでお礼を言った。
 起き上がる途中、ミラの後ろで微かに物音が聞こえた。後ずさりをするような足音だ。音に促されてミラが振り返ってみる──コンパートメントの外に細身の女の子が立っている。女の子は青白い顔をして俯いていて、少し不気味だ。
 「あの子、どうしたんだろう」
 座席に座りなおしたミラが双子に囁く。フレッドとジョージもミラの視線を追うようにして女の子を見た。女の子は唇をわなわなと震わせて、床を見つめている。新調のホグワーツ・ローブを着ているところをみると、おそらく同級生だ。
 「ねえきみ、大丈夫かい?」コンパートメントの戸を開けたミラが女の子に話しかけた。
 女の子はミラの気配にハッと顔をあげる。彼女のあごまで伸ばしたブロンドの髪がフワリと広がった。
 「ご、ごめんなさい」女の子は言う。「今の揺れで、ジャガイモ・・・・・を落としてしまって──」
 「なにを落としたって?」ジョージがけたたましい声で女の子に聞いた。
 「ジャガイモよ」
 女の子はさっきよりもはっきりとした口調で答える。それを聞いたフレッドとジョージはお互いの顔を見合わせて、聞き間違いではなかったと肩をすくめた。ミラが視線を落とすと、確かに床にはジャガイモが落っこちている──ペシャンコになって原型を留めていない。そのさまを見たミラの眉をひそめた。ただのジャガイモがこんなにぐちゃぐちゃになるわけがない。
 「──君、もしかして、ふかした芋を持ち込んでいたの?」ミラが言う。
 「そうよ!貴方、わかるの?」
 ミラの言葉に女の子はすぐに顔色を元に戻して、嬉しそうにミラに詰め寄った。長い前髪の隙間から見える青い瞳が、ミラをじっと見つめている。女の子はそのまま続けた。
 「ウェールズ産のジャガイモなの。とっても美味しいのよ」女の子はニッコリと笑う。「ママが持たせてくれたの。初めての環境は不安だろうって」
 「そ、そうなんだ」ミラはたじろいで答えた。
 「でも、落としてしまったわ。残念──」
 女の子は首をゆっくりと振った。そしてローブのポケットから杖を取り出すと、床に向けてこう唱えた。
 「テルジオ! 拭え!
 彼女の呪文に、たちまち床に散らばっていたジャガイモが綺麗さっぱりに消えてなくなる。その流れるような所作にミラは口をあんぐりと開けて、床と女の子を交互に見た。女の子は何事もなかったかのように杖をしまうと、ミラと双子に向かって微笑んだ。
 「でもいいわ。あと十個以上も残っているから」
 女の子はかけていた丸メガネの位置を直して、自慢気な話し方で言った。どう返事をしていいかわからないフレッドとジョージが顔をひきつらせる。それから女の子は三人に「またね」と告げると、軽快な足取りで自分のコンパートメントへ戻っていった。
 「変なやつだったな」フレッドが言う。
 「ふやかした芋なんか、そんなに必要か?」とジョージ。
 「でも、すごいよ。入学前なのにもう呪文を唱えられるなんて」
 ミラは顎に手をやって感心したような声で言った。
 「おお、ついにミラも魔法に興味を持ち始めたかい?」フレッドがからかうような顔をしてミラを見た。
 「まさか」ミラは大袈裟に頭を振る。「入学前にわざわざ教科書を開く変わり者がいることに感心してるんだ」
 「なんにせよ、あの子の寮は決まったな」ジョージが腕組みをして、何者かの真似をするように低い声を出した。「レイブンクロー!」
 「なんでレイブンクロー?」ミラが怪訝な顔をした。
 「なんでかって?」ジョージが言う。「レイブンクローには勤勉で変わり者・・・・ばかりが集まるからさ」
 「寮の組み分けのこと、ミラにも教えたろ?」
 フレッドが片方の眉をあげた。夏休暇の間に双子が教えてくれたホグワーツについてのことで、確かにそのような話があったとミラは思い出した。
 「うちのパパとママもそうだけど、ミラのママもホグワーツ出身だったよな?」
 ジョージが聞くと、ミラはこくりと頷く。
 「グレースおばさんはどこの寮だったんだい?」フレッドもジョージに続いて質問した。
 「わからない。教えてもらえなかったから……」
 ミラは苦々しい顔を浮かべる。昔から、母親は自分の過去をなかなか口にしたがらなかった。ミラはフレッドとジョージにその話をした。ミラが聞かなければ、自分がホグワーツ出身だったということもずっと黙っているつもりだったのではないかとさえ思う。出身寮にいたっては、はなから教える気などないという態度だった。
 「ミラのママって、たまに変だよな……」フレッドは唸った。
 「ああ、本当にね」
 ミラはため息混じりに答えると、話題をフレッドとジョージへと返した。
 「それで、君たちのパパとママはどこの寮だったのさ?」
 「どっちもグリフィンドール」ジョージがすぐに答える。
 「パパやママだけじゃないぜ」とフレッド。「ビルもチャーリーもパーシーも、うちは全員グリフィンドールさ」
 「それじゃあ、きみたちもきっとグリフィンドールだ」
 ミラは考え込むように斜め上見た。私は一体どこの寮になるんだろう。
 「ミラもきっとグリフィンドールだよ」
 フレッドがミラの思惑に気づいたようで、車窓の枠に頬杖をつきながらニヤリとした。
 「ああ、そうだな。グリフィンドールじゃなきゃ困る」
 ジョージも続けると、二人は顔を見合わせてニヤニヤとしはじめた。ミラはきっとまともな返事はもらえないだろうと思いつつも、念を入れて聞いた。
 「聞くよ。どうしてだい?」
 「そりゃあもちろん、活きの良い・・・・・実験台を手元に置いておきたいからさ」
 フレッドはこれを言いたくて仕方がなかったといわんばかりの表情だ。隣で頷くジョージも相変わらず顔に悪戯っぽいニヤリを広げている。
 「そんなことだろうと思ってたよ」
 予想通りの返しにミラは呆れ笑いを返す。双子の冗談は置いておいて、ミラは自分にグリフィンドールの素質があるとは思えなかった。ほかの寮も同じだ。そもそも魔法に対して関心がない自分に「素質」というものがあるのかさえわからない。
 ミラはふっと体の力を抜いた。体はしぼれた風船のようにしわしわになって車窓へのほうへゆっくり傾く。コツン、窓にミラの頭が当たる音がする。それから、ミラは何かをあきらめたような声色で話を続けた。
 「もう、スリザリンしかないよ」
 「なんだって?スリザリン?」
 急なミラの一言にジョージは驚いたような表情を浮かべた。
 「ウン」ミラの眉尻が下がる。「だって、この顔・・・だし……」
 ミラは車窓に反射する自分の顔を見つめて深いため息をつく──母親からそっくりそのまま受け継いだ人相の悪い顔だ。ひどく吊った切れ長の目、ツンとした高い鼻に高慢ちきに見える左目の涙ぼくろ。愛嬌がない顔に追い打ちをかけるような血色の少ない肌。例えるならそう、まるで蛇だ。マホウトコロでは周りの生徒に怖がられることも少なくはなかった。ミラは自分の面相に対して常に引け目を感じていたのだ。
 しかしそんなミラの思いとは反対に、フレッドとジョージが同時に噴き出して大笑いをする。
 「聞いたかよ、兄貴」ジョージがお腹を抱えて言う。
 「ああ、聞いたさ。弟よ」フレッドも口元を震わせながら答えた。
 「もう、笑わないでおくれよ!本気で悩んでいるのに!」
 「君にしてはおもしろい冗談だよ。蛇顔だから蛇がシンボルのスリザリンになるってことだろ?」
 フレッドが喉の奥をクックッと鳴らすと、ミラの両頬を掴んで引っ張った。
 「別に、僕らから見たら全然蛇になんか見えないけどなぁ」フレッドはミラの蛇顔・・を確かめるように見ながら言った。
 ミラはフレッドの手から逃れようと抵抗してじたばたした。そうしながら、思い出した。確かにこの双子は初めて会ったとき、自分の顔を見てもなにも反応を示さなかった。蛇みたいなこの顔が欠点だと打ち明けたときは「何かに似てるなんて考えたこともなかった」と言って二人は笑うだけだった。
 ミラは不安な気持ちがフッと軽くなるのを感じる。そしてそのことが表情からフレッドに伝わったのか、フレッドはようやくミラを解放した。
 「どっちにしても、顔で判断するほどホグワーツの組み分け帽子はバカじゃないさ」
 さっきまでニヤニヤとフレッドとミラを見つめていたジョージはまだクスクス笑いをこぼしていたが、目つきは優しかった。フレッドを見ると、ニコリと歯を見せて笑っている。二人を見ていると、なんだかこっちまで気楽になる。ミラの心にまだ残っていた不安は、全部嘘みたいに吹き飛んでいった。
 「──ありがとう、二人とも」ミラはなんだか気恥ずかしくなりながら頭を掻いた。「自信ついたよ。少しだけ」
 「どういたしまして」ジョージが言う。
 「こんなことでくよくよされてちゃ僕たちが困るんでね」フレッドがニヤリと笑った。「これからホグワーツで数えきれないほどの悪戯をやらかそうって計画なんだから」
 「ちょっと!まさか、巻き込むつもりじゃないだろうな?」
 そう叫びながらも、ミラの声は少しだけ弾んでいた。憂鬱だったホグワーツへの入学に少しだけ希望の光が見えた気さえしてきた。本当、この二人にはかなわない。
 ミラが窓をのぞくと、漆のごとく黒く塗りつぶされた山や森が見えた。いつの間にか外は完全に暗くなっている。また列車がガタンと大きく揺れた。汽車が少しずつ、速度を落としているようだ。
 その時、車内に響き渡る声が聞こえた。
 「あと五分でホグワーツに到着します。荷物は別に学校に届けますので、車内に置いていってください」  

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