組分け帽子の儀式

 汽車が完全に停車すると、ミラたちは生徒たちの群れに押し出されるようにして外に飛び出した。小さな暗いプラットホームに、ひとつの明かりが浮かびあがっている。生徒たちはその明かりにつられるようにしてぞろぞろと歩いた。明かりが大きくなっていく。ゆらゆらと揺れる明かりが、ランプだということに気づくのと同時にミラはぎょっとした。ランプを持っていたのは長い髪の、モジャモジャとした髭を生やした大男だったからだ。ミラの三倍ほど背丈がある。フレッドとジョージが「でっけえ」と一斉に声を漏らした。
 「イッチ(一)年生!イッチ(一)年生はこっち!」
 大男は大きい髭面を動かして叫ぶ。ミラはその声に驚いて、自身の真新しいローブの裾を思わずギュッと掴んだ。
 「イッチ年生、ついてこい!」ともう一度叫んだ大男は体を翻して歩き出した。険しくて狭い小道を、みんなは大男に続いて降りていく。どれくらい歩いただろうか。周りの生徒が黙々と歩く中、フレッドとジョージだけがずっと元気だった。ああでもない、こうでもないとこれからの学校生活について面白おかしく話している。どこにいてもお気楽な人たちだ。ミラは横目で二人を見ながら思っていた。
 「みんな、ホグワーツがまもなく見えるぞ」
 突然、大男が立ち止まったと思うと勢いよく振り返りながら言う。先頭を歩いていた何人かの生徒が大男にぶつかって跳ね返っていた。
 「この角を曲がったらだ」
 狭い道が急に開いた。まず、大きな黒い湖がミラの目に飛び込んでくる。それから、湖の対岸にそびえる高い山と、そのてっぺんに壮大な城が見えた。さまざまな大きさの塔が立ち並んでいて、窓はキラキラと輝いている。
 「うぉーっ!」
 生徒たちの歓声が一斉に沸き起こる。
 それからミラたち新入生は、岸辺につながれた小船にのせられた。大男が「進めえ!」と叫ぶとボート船団は一斉に動き出し、湖の上をすべるようにして進みだした。ミラはオールもないのに……とけちをつけるような気持ちになりながら、星空の下に高々と立つ城を見上げた。
 やがてボート船団は蔦のカーテンをくぐり、城の地下の船着き場に到着した。続々と新入生たちがボートを降りて、暗闇の中、大男のランプを目印に歩き出した。石段を登るが、これが思ったよりも長い。
 「まだ登るのかい……」ミラがポツリとこぼす。
 「体力ないなあ。ミラは」フレッドがニヤリと笑った。「ホグワーツはもっとたくさんの階段があるらしいぞ」
 「気が滅入るようなこと言わないでくれるかな」
 ミラが肩をがっくりと落とす。そろそろ息が切れてきた。そこからぜえぜえと喉が鳴り始めたころ、ようやく石段の頂点についた。ミラはくたくたになりながら、引き続き大男の後ろについていく。石造りの柱に囲まれた庭を通ると巨大な樫の扉が目の前に現れた。
 「みんな、いるか?いるな?」
 大男は大きな握り拳を振り上げると、城の扉を三回叩いた。
 大きな扉が重々しい音を立てて開いた。玄関ホールにはエメラルド色のローブを着た背の高い黒髪の魔女が新入生たちを待ち構えていた。
 「マクゴナガル教授、イッチ(一)年生の皆さんです」大男が報告した。
 「ご苦労様、ハグリッド。ここからは私が預かりましょう」
 大男、ハグリッドはマクゴナガル先生の言葉に一礼するとのろのろと引き下がっていく。マクゴナガル先生は厳かな顔つきで新入生たちを見まわすと、きびすを返した。
 マクゴナガル先生についてミラたち生徒は歩き出す。玄関ホールはとても広い。高い天井に、石壁にかけてる松明はパチパチと音を立てて燃え盛り、大理石の階段が正面から上へと続いている。どれもこれも日本人であるミラが見慣れないものばかりだった。
 石畳のホールを横切っていったころ、入口の右手から何百人ものざわめきが聞こえてくる。学校中がもうそこに集まっているのだろう。ミラはドキドキしながらそう考えた。
 しかしマクゴナガル先生は、そのまま扉の先には案内せずにホールの脇にある小さな空き部屋に一年生を連れて行った。窮屈な空き部屋に生徒たちが詰め込まれていく。生徒たちは身を寄せ合いながら部屋の中に立ち並んだ。
 「ホグワーツ入学おめでとう」マクゴナガル先生が挨拶をした。
 「新入生の歓迎会がまもなく始まりますが、大広間の席に着く前に、皆さんが入る寮を決めなくてはなりません──」
 マクゴナガル先生はそのままホグワーツにある四つの寮について長ったらしく説明をした。どれも入学前にフレッドやジョージに聞いた話だったので、ミラはなんとなくで聞き流していた。
 「もう少しで全校列席の前で組み分けの儀式が始まります。待っている間、できるだけ身なりを整えておきなさい」
 マクゴナガル先生は間違いなくミラに目をやりながら言っていた。マクゴナガル先生が言わんとしていることは他の生徒からも明らかだった。ミラの服装は、すでにだらしがなかった。しかし無自覚であったミラは驚いたような顔をして、自分の服装とマクゴナガル先生を交互に見た。そのミラの様子に、マクゴナガル先生は含みのある上目遣いでもう一度視線を送ると、それを最後に部屋を出ていってしまった。
 「さすがだな」フレッドがニヤニヤとしている。「いきなり先生に目を付けられるなんて、たいしたもんだ」
 「そ、そんなにひどいかい?」ミラは慌ててローブを広げた。
 「その通り、ひどい格好ね」
 ミラの隣にいた女の子が急に口をはさんだ。汽車であったジャガイモ好きのあの女の子だ。
 「見てるだけで痒くなってくるわ」
 女の子はミラの体を自分のほうへと向かせた。それから彼女は、ミラの肩からずりおちたローブと長さのちぐはぐなネクタイを丁寧に直すとミラへ優しく微笑んだ。
 「よかったな、ミラ。入学早々、お母さんが見つかった」ジョージがミラの顔を覗き込んで笑った。「これで寂しくないぞ」
 「ジョージ!」
 ミラが真っ赤な顔をして怒鳴ったところで、マクゴナガル先生が戻ってきた。ヒヤリとした冷たい視線を感じたミラは慌てて前を向く。
 「組分け儀式がまもなく始まります」
 マクゴナガル先生がミラの身なりをなめるように見回すと、少しだけ納得したような顔をした。ミラはほっと胸を撫でおろしたが、マクゴナガル先生はすぐに厳しい顔つきに戻す。
 「さあ、一列になって。ついてきてください」
 一年生たちはマクゴナガル先生に続いて狭い部屋を出た。再び玄関ホールに戻るとそのまま二重扉を通って大広間に入る。
 大広間はミラが想像していたよりもずっと綺麗だった。玄関ホール以上に高い天井には魔法でつくられた夜空が広がっていて、何千という蝋燭が浮かんでいる。四つの長テーブルが縦に並んでいて、そこには上級生たちが着席し、テーブルには金色に輝いた皿とゴブレットが置いてあった。上座にはもう一つ、先生方が座っている横に広がった長テーブルもあった。
 上級生たちが一斉に振り返って新入生たちを見る。ミラはその視線に少し居心地が悪くなった。
 突然、マクゴナガル先生が一年生の前に四本足のスツールを置いた。ミラは何がはじまるのかとそわそわしながらその様子を見守っていると、今度は魔法使いのかぶるようなとんがり帽子を椅子の上に乗せた。つぎはぎだらけで、ボロボロの帽子だ。
 「ねえ、これがきみたちの言ってた組分け帽子?」ミラが囁くような声で隣のジョージに聞いた。
 「だろうな」ジョージが頷いて答える。「思ったより汚ねえけど……」
 ミラは首をゆっくりと振ると肩をすくめて帽子に視線を戻した。途端、帽子がピクピクと動き出す。つばの縁の破れ目が、まるで口のように動いて、帽子が歌い出した──各寮の特徴を歌ったものではあったが、なんだかへんてこりんな歌だ──新入生たちはポカンとしていたが、上級生たちは見慣れたものを見るかのように普通な顔をして聴いていた。
 歌が終わると広間にいた上級生たちが拍手をした。ミラも怪訝な顔をしながらもゆっくりとした音頭で拍手に加わる。
 マクゴナガル先生が長ったらしい羊皮紙の巻紙を手に持って前に進み出てきた。
 「ABC順に名前を呼ばれたら、帽子をかぶって椅子に座り、組分けを受けてください」
 それから名前はAから順に呼ばれ始めた。最初に呼ばれた生徒が転がるように前に出てくると椅子に腰を掛けて帽子をかぶらされる。一瞬の沈黙……。
 「レイブンクロー!」帽子が叫んだ。
 一番左のテーブルから割れんばかりの拍手がなって、組分けをされた生徒はレイブンクローのテーブルに駆け寄っていった。
 「ディゴリー、セドリック!」
 帽子が「ハッフルパフ!」と叫んだ。今度は右側のテーブルから歓声があがると、セドリックは気恥ずかしそうに笑いながらハッフルパフのテーブルに座った。
 これの繰り返しだった。何度か、沈黙ではなく組分け帽子が生徒に何かを話す場面を見たが、ほとんどは同じ流れだ。
 「ウィーズリー、フレッド!」
 フレッドの番だ。フレッドはミラとジョージにウィンクをすると軽やかな足取りで組分け帽子のもとに向かった。帽子を被るとひそひそと一言、二言と話している様子だったが、すぐに大きな声が大広間に響き渡った。
 「グリフィンドール!
 フレッドが右端から二番目のテーブルに腰をおろすと、上級生たちと握手としていた。彼の兄のパーシーがフレッドの背後までやってきて、肩を叩いて何か言っているようだった。
 その次のジョージも、同じくグリフィンドールだった。ジョージはフレッドとおんなじような顔でニヤリとするとグリフィンドールのテーブルにつく。またパーシーがやってきて、双子の肩を持って喜んでいた。
 「ロイド、アダリン!」
 フッと静かな風がミラの頬をかすめた。隣にいたあのジャガイモ好きの女の子が優雅な足取りで前に出るところだった。アダリンが帽子を被ると、帽子がなにやらウーンと唸り始めた。そして他の生徒たちよりも少しばかり時間がかかってから、帽子は「ハッフルパフ!」と叫んだ。ハッフルパフの席から弾けるような歓声があがり、アダリンは上品な笑みを浮かべてゆっくりとテーブルに腰をおろした。ジョージめ、何がレイブンクローだ。ミラがチラリとグリフィンドールの席のジョージを見ると、ジョージも心底意外そうな顔をしていた。
 いよいよ残っている生徒もまばらになってきたころ、ついにその時はきた。
 「トウドウ、ミラ!」
 イギリスでは聞きなれない苗字に、大広間一瞬だけ静かになった。ミラは息を呑んだ。そして自分の顔を見られないように俯きながら恐る恐ると前に出る。段差に足を取られて転びそうになった。やっとの思いで帽子をかぶると、極度の緊張で視界がユラユラと揺れているような感覚がした。
 「おお、君は!」
 組分け帽子が喜びと驚きが混じったように話しかけてきた。まるで、自分のことを前から知っていたような声色だ。
 「よく来たね。君は誰しにも平等な人間だ。そうだろう?私が読まなくたって・・・・・・・わかる。つまり、君の寮は既に決まっている──その精神がいきすぎたものにならぬように祈って、ハッフルパフ!
 つんざくような叫び声が大広間の天井まで広がった。ハッフルパフのテーブルから拍手喝采が聞こえる。ミラはひとつの試練を乗り越えたような気持ちになった。帽子の言葉は何か含みのあるものだったが、それを気にする余裕はなかった。ミラはふらふらとなりながらハッフルパフのテーブルに座った。
 「なあんだ、ミラはハッフルパフかい」
 ミラの背後にあるグリフィンドールのテーブルに座っていたフレッドが上半身を翻して残念そうな声で言った。
 「寮は違えど、我々の志は同じさ」とジョージ。
 「やめておくれよ」ミラは双子のほうを向いてうんざりしたような顔をした。「七年間、私は穏便に過ごすつもりなんだから。このハッフルパフでね」
 そうは言ったものの、ミラは不安だった。慣れない環境の中、安心できる存在はウィーズリー家だけということを誰に伝えても、それは言いすぎにはならなかった。正直言って、同じ寮になりたかったのはミラも同じだった。
 残りの生徒の組分けも終わり、マクゴナガル先生が羊皮紙をしまうと、四本足のスツールも片付けられる。それから来賓席に座っていた白髪のおじいさんが立ち上がり、前に出てきた。ホグワーツの校長、アルバス・ダンブルドアだ。フレッドとジョージに見せてもらった蛙チョコレートのカードに写真が載っていたので、間違いない。
 ダンブルドア校長は両手を広げてニッコリと笑った。目がキラキラと輝いていて、新入生を心から歓迎しているような様子だった。
 「おめでとう!ホグワーツの新入生!歓迎会を始める前に、二言、三言、言わせていただきたい!では、いきますぞ。そーれ!わっしょい!こらしょい!どっこいしょい!以上!」
 ダンブルドア校長が奇妙な掛け声をすると、席に戻っていく。多くの生徒たちは拍手と歓声をあげたが、ミラはよくわからなかった。
 「変な人」隣にいた丸メガネの女の子、アダリン・ロイドが首をかしげた。「偉大な魔法使いと聞いていたけれど、こんな感じなのね」
 「ほんとうにね」
 ミラが苦笑いをしてアダリンの独り言に答える。途端、何もなかったテーブルの上にご馳走が現れた。ローストビーフ、ローストチキン、ポークチョップ、ラムチョップ、ソーセージ、ベーコン、ステーキ、茹でたポテト、グリルポテト、フレンチフライ、ヨークシャープディング、豆、にんじん、グレービー、ケチャップ、そしてなぜか、ハッカ入りキャンディ。
 魔法族であるミラは何もないところから何かが現れることに特段驚きもしなかったが、隣にいたアダリンは違った。
 「すごいわ!おっどろき!」アダリンは眼鏡の奥の目を光らせ感激の声をもらした。「これが、魔法なのね!魔法ってすごいわ」
 魔法がすごいだって?ミラは彼女の言葉を聞き逃さなかった。ミラは勢いよくアダリンのほうを見るとハキハキした口調で話しかけた。
 「ねえきみ、もしかしてマグル出身?」
 食い入るようなミラの態度にアダリンは一瞬だけ動揺を見せたが、すぐに顔色を戻して──皿の上にポテトをこれでもかというくらいによそってから──笑って答えた。
 「アダリン・ロイドよ」アダリンはゆっくりと頭を傾げた。「その通り、マグル出身」
 「ああ、そう。アダリン。私は、ミラ。ミラ・トウドウと申します」
 興奮でかしこまった口調になったミラにアダリンは思わずクスリ笑いをした。ミラは自分の自己紹介なんかどうでもいいようにそわそわして早継ぎに言葉を続ける。
 「つまりきみは、ウェールズのマグル出身だね?すごいや。イギリスの、ウェールズのマグルに出逢ったのは初めてだ。ねえ、ウェールズのマグルってどんな暮らしなんだい?どんなものを使っているの?ああ、どうりでだ。きみが列車でふかした芋を持っていたとき、不思議だなと思ってた。だって、魔法族はそんなふうに調理しないからさ──」
 「ちょっと、待って。落ち着きなさいよ」
 アダリンは顔を真っ赤にしてお腹を抱えて笑うと、ミラの機関銃のような口に手をあてた。
 「そうよ、私はウェールズからきたマグル出身の魔女。魔女になるなんて、自分でもびっくりだけどね。そういう貴女はアジア人ね?名前を聞いたときに珍しいと思ってた」
 「ウン」ミラは夕食のことなんかすっかり忘れてアダリンに食い入った。「日本から来た。お父さんがマグルの職人でね、マグルの文化が大好きなんだ。特にマグル製品は……素晴らしいよ。言葉になんかできないくらいに」
 『ええ、あなた、日本人なの!』
 急にアダリンがほとんど完璧な日本語で答えたので、ミラはびっくりして目を丸くした。それから何度かわざとらしい瞬きをしたあとに、ミラも日本語で切り返す。
 『日本語がわかるの?』
 『うん、子供の時から日本語は習わされていたから。両親はね、私が天才だと思っていたみたいで、いろいろ習わされたよ。他にも中国語とか……これがなかなか難しくて、少ししかしゃべれないけど』
 アダリンが舌を出しておちゃらけたような顔になった。
 『結局、ホグワーツから手紙が届いて魔女になっちゃった。両親は落ち込んでいたけど、私はドキドキしたよ』
 アダリンが言い終えると、またポテトをほおばった。本当にじゃがいもが好きみたいだ。マグル出身で、魔法なんか未知の存在であるはずのに彼女はずっと笑っていて楽しそうにみえる。ミラは彼女の態度につられて緊張が少しほどけたような気持ちになった。
 ミラとアダリンはそれから日本の話やウェールズのマグルの話、お互いに白熱した会話をしながら夕食を楽しんだ。二人がデザートを食べ終えた頃、ダンブルドア校長がまた立ち上がった。大広間がすぐに静かになる。
 ダンブルドアはまた前に出てきて注意事項を話した。構内にある森には入ってはいけませんだとか、授業の合間に廊下で魔法を使うなだとか、あとはクディッチの選抜の話だった。どれも自分には関係ないと思ったミラは退屈そうな顔で聞いていた。
 「では、寝る前に校歌を歌いましょう!」注意事項を言い終えたダンブルドア校長が急に声を張り上げる。「みんな自分の好きなメロディーで。では、さん、し、はい!」
 たちまち学校中が生徒の歌声でいっぱいになった。みんなバラバラに自分たちのメロディーで機嫌よく歌う。新入生も周りの様子を見て、同じように歌ったが、ミラはすぐにでも終わらせたくて、早口で誰よりも早く歌い終えた。
 隣のアダリンがまるでどこかの国のお姫様かのようにのびのびと歌っているが、これがまたひどかった・・・・・(お世辞にも上手いとは言えない)それからみんなが歌い終える中、とびきり遅い葬送行進曲の歌声だけが残った。フレッドとジョージだ。ダンブルドア校長は、それに合わせて最後の何小節かを魔法の杖で指揮をして嬉しそうに笑っていた。双子が歌い終えると、ダンブルドア校長は感涙して、誰よりも大きな拍手を送った。
 「さあ、諸君、就寝時間。駆け足!」
 ダンブルドア校長の掛け声で、生徒たちは一列を作ってぞろぞろと出口に向かって歩き出した。ミラたちもハッフルパフの監督生につれられて、ハッフルパフの談話室へと向かった。大広間を出たすぐの地下への階段を降りる。樽だらけの廊下の突き当りに連れてこられたが、談話室の入り口はどこにも見当たらなかった。
 「ハッフルパフのリズムに合わせて、樽を叩くんだ」
 監督生が鼻高々にそういうと、樽をノックする。そうすると隣の大きな樽の一つが音を立てて上下に開いた。その中に薄暗いハッフルパフの談話室が見える。
 ミラは談話室のソファで談笑する大勢の生徒たちを横切ってまっすぐ寝室に向かった。ハッフルパフの寮生たちが、ミラの人相を見てコソコソとしているようにみえたからだ──いや、もしかしたら自分の思い込みかもしれない。それでも、何か言われているかもしれないと思うと生徒たちの談笑の輪に入る気分にはなれなかった。
 寝室に入るとすでにミラのトランクが届いてあった。ミラはトランクからパジャマを取り出して、素早く着替える。その時、後ろからあくびをしながら女の子が入ってきた──奇遇なことにアダリンも同じ寝室だった。アダリンはミラの顔を見ると「これからよろしくね」とだけ言って、自分もパジャマに着替え始めた。アダリンは私の顔を見て、何も思わなかったのだろうか。ふとミラは考えてしまった。しかし考えは頭の中だけに留まらず、ポロリと口から出てしまう。
 「なんにも思わないのかい?」
 「え、何がかしら」
 アダリンはシルクのパジャマに着替えると、ベッドに腰をかけてミラを見た。
 「ほら、このだよ。みんなおっかなさそうにしてた。蛇みたいな顔しているだろう?」
 ミラが自分の顔を指をさした。ミラが険しい目つきを更に鋭くさせると、アダリンは笑って答えた。
 「ああ!そういうこと?目つきが悪い子だとは思っていたわ。汽車のときからね」
 アダリンの反応にミラはやっぱりと少し肩を落としたが、アダリンはまだ何か言おうとしている。
 「でも、だからなんなのかしら。変なの」アダリンがのけぞって更に笑う。「そんなことより、貴方ってとっても面白いじゃない」
 アダリンがミラにウィンクをした。アダリンの態度を見て、ミラは変な気持ちになった。でもミラはこの変な気持ちをたぶん知っている。前にもどこかで感じたことがあるような気持ちだが、どこでだっただろうか。
 「それに、蛇顔って言ったわね?」アダリンがベッドから立ち上がり、ミラへと近づいた。「私からしたら全然蛇なんかに見えないけどなぁ」
 まじまじとミラの顔を確かめるアダリンに、ミラはすぐに合点がいった。この状況は、双子に「蛇顔」のコンプレックスについて打ち明けたときとまったくおんなじだった。つまり、この人は双子と同じで本当に何も気にしていないのだ。ミラにとって、そういう人間はめずらしかった。だからこそ変な気分になったのだ。ミラはこわばった表情が気の抜けたような顔へ変わるのが自分でもわかった。
 「あなたって本当に表情がころころと変わるのね!それってとっても魅力的だと思うわ」アダリンが吐き出すように笑いをもらす。「おびえている生徒におびえる・・・・必要なんてないのよ、ミラ。その子も一度あなたと話せば、あなたのことが好きになるわ。絶対に」
 なんでもないことのようにアダリンは言ったが、ミラはその言葉に心を打たれるような感じがした。とても嬉しかった。アダリンは今日初めて会ったばかりの友達であるはずなのに、なんとなく、この子とは一生仲良しでいられるんじゃないかとミラはそう直感した。  

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