ジェイ・キム

 それから一、二週間は普通どおりの──あくまでミラにとってだが──学校生活を過ごした。
 毎日の退屈な授業、それに山ほどある宿題……毎日ためらいなく出される宿題に、寮全体が日増しにピリピリとしていった。ハッフルパフのほとんどの一年生はアダリンとセドリックのお世話になったはずだ。もちろんミラもそうだった。残念ながらミラが他の生徒よりも魔法がほんの少し上手かったのは最初だけで、興味のない授業に身が入ることはなく、今ではよくも悪くもない成績に落ち着いていた。
 それから双子の悪戯も健在だった。合同授業での態度は相変わらずだったし、深夜の城探検、脱走も続けていた。週に一回、双子の実験室に連れていかれては彼らの開発もしっかり手伝わされた。
 しかし、事件が起きた。ハロウィーン前日の夜のことだ。
 禁じられた森から城に帰る道、ついにミラと双子はホグワーツの管理人、アーガス・フィルチにとっ捕まってしまった。次の日のハロウィーン・パーティに浮き足立っていた三人は、ミセス・ノリスの気配に気づくことができなかったのだ。
 ハッフルパフの寮監、ポモーナ・スプラウト教授から、正式に罰則を宣告されたのは今日――つまりハロウィーンの朝のことだった。
 「むしろ今までの幸運に感謝するべきだわ」
 アダリンは呆れ切った顔をしてミラを見つめた。午前の授業が全て終わり、ハッフルパフ生の一群が次の「変身術」のクラスへと向かっているときだ。もっとも、ミラはこの後に罰則を受けなくてはならないため、クラスを受けることはないのだが。
 「あれだけ真夜中に寮を抜け出して、今までお咎めひとつも無かっただなんて」
 「反省しているよ、アダリン」ミラは恥ずかしそうな顔をして頭を掻いた。「おかげで午後の授業がないのは嬉しいけどね」
 アダリンが耳を疑うという顔でミラを見る。そして「立派な『悪友』になったわね」と皮肉たっぷりに呟くと、頭を振り振りため息をもらした。悔しいが、一理ある。そう思ったミラは何も言い返せずに低い唸り声を出すのが精一杯だった。
 やがて、ミラとアダリンを含めた大勢のハッフルパフ一年生は中央ホールへと到着する。昼休みを過ごす生徒たちの賑やかな声が、ホールの天井に高く反響している。
 そのような中で、噴水に腰かけている二人の影がミラの目に入った。フレッドとジョージだ。二人はミラとアダリンの姿を見つけると、立ち上がってこちらに歩いてくる。ミラたちもハッフルパフの群れから外れ、双子たちの元へ近づいた。
 「こんにちは。フレッド、ジョージ」アダリンが鈴のように澄みとおった声で挨拶をする。
 「やあ、アダリン・ロイド」双子は声を合わせて答えた。
 「どうしてここに?」
 ミラは首を傾げてフレッドとジョージに問いかけた。フレッドは抱えていた教科書をミラに見せつけるとニコリと笑った。
 「僕たち、さっきまで『魔法薬学』の授業だったんだ」
 「ハッフルパフは『飛行訓練』だっただろ?ここで待ってれば会えると思ってさ」ジョージが言う。
 「そうだったんだね」ミラは頷いた。
 「でも、合流するにはまだ早いんじゃないかしら?」アダリンが口を開いた。「罰則は昼休みのあとだったわよね?あなたたち、昼食はもうとったの?」
 「そんな必要はないね」ジョージはニヤリとした。
 「あら、どういうことかしら」
 「罰則は厨房で受けることになっているんだ」
 ミラがジョージの代わりにそう言うと、アダリンはどういうことかと問うように目を丸くして双子とミラを交互に見た。どうして厨房に行かなくてはならないのか、それはこちらが聞きたいくらいだ――今朝、昼休みの終わりに厨房まで罰則を受けに行くようにとスプラウト先生に告げられた時、確かにミラ自身も疑問だった。しかし、無駄口を叩ける状況ではなかった。いつも優しいスプラウト先生の、あのひどくがっかりした顔を前にしては……。ミラは先生の顔を思い浮かべ、肩をすくめた。
 「僕らもてっきり『罰則室』行きかと思ってたよ」フレッドがご機嫌に言った。「まさか厨房とはね。生徒がなかなか行けるようなところじゃない」
 「楽しみだよ。僕たち、どちらが多くつまみ食いできるか競争するつもりなのさ……」とジョージ。
 「罰則が楽しみなんて、本当にあなたたちって変わってるわ……」
 「私は楽しみなんかじゃないぞ、アダリン」
 ミラがモゴモゴ言うと、アダリンはすぐさまミラに挑発するような目をした。無言のまま、まるであなたも同じようなものよと訴えているようだ。ミラは気まずい瞬間を取り繕うように慌てて口を開いた。
 「アー……ウン、きちんと反省してくるよ。どこであろうとも」
 「そんなに怒るなよ、アダリン」フレッドが悪戯っぽく笑った。「お土産に芋でもくすねてきてやろうか」
 「失敬だぞ、フレッド」ジョージが腕を組んでしかめっ面をした。「高貴なるアダリン嬢はスコットランド産のジャガイモなんかお気に召すまい」
 「どうぞ、お構いなく
 アダリンは顔に血を上らせ、有無を言わさぬ口調で双子にそう言い切った。そして身を翻すと、そのまま一度も振り向きもせずにきびきびと中庭の方へ歩いていってしまった。
 アダリンのそんな態度などちっとも気にしないといったふうに、フレッドとジョージは依然として上機嫌で、彼女の背中に向かって爽やかにさよならを言う。ミラは双子とアダリンのやり取りにドギマギしていたが、やがて双子に引きずられるようにして中央ホールの外へ出た。
 「そういえば、ホグワーツの厨房ってハッフルパフの談話室から近いところにあるんだろ?」
 一行が大広間へ続く高架橋を渡っていたとき、フレッドがふと思いついたようにミラへ声をかけた。ミラは「ああ」とつぶやくように言うと考え深げに顎をかいた。
 「そう。そうらしいんだが……」
 「なんだよ?歯切れが悪いな」ジョージが続きを促すような目でミラを見た。
 「果たして、そのようなところがあったかなと思ってね」ミラは言う。「あそこは寮の入口以外の樽・・・・があるばっかりで、ほかは何もなかったはずだ」
 「マクゴナガルは僕たちに地下室にある『果物皿の絵』のところへ行けって。それだけピシャリと言ったっきりさ」フレッドが歯噛みした。
 「私も同じようなことを言われたな」ミラが答える。
 「隠し戸があるんじゃないか?おいそれと侵入されても困るだろうし」
 ジョージの言葉になるほど、とミラとフレッドは腑に落ちたような顔をした。
 それから三人は大広間の二重扉を抜けて、地下へ続く石の螺旋階段を下った。ハッフルパフの寮がある地下室まで降りると、双子が意外そうにきょとんとした。それもそうだろう。同じ地下でもスネイプ教授の地下牢に続く湿っぽい地下通路とは大きく違って、ここはそれほど暗くない。明々と燃える松明が広い石の廊下をオレンジ色に照らしていて、暖かさを感じさせてくれている。ミラはフレッドとジョージには見えないように少しだけ得意げな顔をした。
 「なあ、これじゃないか?『果物皿の絵』って」フレッドがジョージのすぐ後ろを指を差した。
 石の壁に絵が並んでいる。ほとんどは肖像画だったが、その中にひとつだけ、主に食べ物を描いた楽しげな絵が飾ってあった。銀の器に果物を盛った巨大な絵だ。間違いなく、誰が見ても「果物皿の絵」そのものだった。
 「地下室にこんな絵があったのか……」
 ミラは感心したように顎にさすりながら巨大な「果物皿の絵」をじーっと見つめる。
 「こんなにおっきいのに、今まで気づかなかったのか?ミラ」ジョージがミラの鈍さに脱帽したような顔をした。
 「降りてきてすぐ目に飛び込んできたぞ」フレッドがジョージに加勢するように続ける。
 「ウッ……いちいち壁なんか見ないよ……」
 ミラは双子から視線を外すと口をつぐんだ。朝も夜もバタバタしていて、壁にかかっているものにいちいち気を取られている暇なんかない。ミラはしょうがないことだと開き直りたかったが、三人の身長よりも大きなその絵がひときわ目立っているところを見ると、やはり気づかなかった自分が恥ずかしくなってきた。
 「まあ、いいさ。ミラが鈍感なのは今に始まったことじゃないし」フレッドが大きな「果物皿の絵」に視線を戻した。「それで?結局、どうやったらキッチンに入れるんだ?」
 「仕掛けがあるんだよ。新入りども」ミラ、フレッド、ジョージの背後から、誰かの声がした。
 三人がいっせいに振り向くと、そこには一人の男子生徒が立っていた。短く切られた濃褐色の髪に、頬骨が張り、細い目が吊り上がっている。制服の代わりに黄色いパーカーを着ていて、生徒とは思えないほどの身軽な格好だ。
 「ど、どなたですか?」ミラは恐る恐る聞いた。
 「僕はジェイ・キムだ」キムさんがニヤッと笑って続けた。「君ら、厨房の罰則の新入りだろ?」
 「ジェイ・キムだって⁉」フレッドの顔が驚きと喜びの入り混じった表情に変わる。「僕、知ってる!たしか、グリフィンドール六年の……」
 「本当かい?」ジョージも続いた。「本当に君がジェイ?僕らの先輩格・・・の?」
 「どういうことだい?ジョージ」ミラが口を挟んだ。
 ジョージの含んだ言い方にどういう意味があるのか、ミラにはまったく想像がつかなかった。
 「確かに!君たちにとってはどんな先輩よりも先輩かもな」キムさんは後ろにのけ反りながら笑った。「僕も君たちのことは知ってるんだ、フレッド、ジョージ。悪戯好きのウィーズリー兄弟に、そしてこっちは──スリザリン顔のミラ・トウドウだ」
 フレッドとジョージは顔を見合わせるなり、ワッと歓喜の叫びをあげた。
 「僕たちのこと知ってくれているなんて、光栄だよ。ジェイ」フレッドが言う。
 「我が寮の期待の星だからな」
 ジェイの焦げ茶色の目が双子の顔を見て、悪戯っぽく光った。いくら鈍感なミラでもわかる。このジェイ・キムという上級生も悪戯専門・・・・の生徒なのだろう。身軽な服装なのはたぶん、常習犯だからだ。双子がいつもやるような二ヤリ顔を広げるキムさんを見て、ミラは気落ちした。
 「どうした?」キムさんがミラに声をかけてきた。「もしかして『スリザリン顔』じゃなくて、『悪友』のほうが嬉しかった?」
 「そんなわけないでしょう!」
 ミラの怒鳴り声に、キムさんと双子はクスクスと笑う。最悪の事態になったとミラは頭を乱暴に掻きむしりながらうなだれた。フレッドとジョージだけでもじゅうぶん手に負えないのに、そんな二人の先輩格のキムさんと……この三人と罰則を受けなくてはならないなんて。
 「まあ、そう拗ねないでくれ。ほんのご挨拶だよ」キムさんはミラの顔を覗き込んだ。「お詫びに、この絵の謎を解かせてあげるからさ」
 「絵の謎ですか?」ミラは目を細めた。
 キムさんはミラの腕をつかまえ、「果物皿の絵」の目の前まで引っ張った。指差した先の絵の中には大きな緑色の梨が描かれている。
 「この梨に秘密があるの?」ジョージが言った。
 「ああ」キムさんは頷く。「ミラ、ちょっとこの梨をくすぐってみてくれ」
 「梨を……くすぐる・・・・ですって?
 ミラは聞き違いだと思ったが、キムさんはニヤッと笑った。それから、早く試してみろといわんばかりに絵の中の梨を顎でしゃくる。ミラはゆっくりと絵のほうへ手を伸ばし、言われた通りにしてみた。
 すると突然、クスクスと甲高い子供のような笑い声が地下室に響く。驚いたミラは、急いで手を引っ込めた。
 「ねえ、今、笑った?」
 フレッドたちへ首を回したミラは顔をしかめながら聞いたが、双子の兄弟たちは慌てて頭を振って否定した。隣にいたキムさんが片手をミラの肩に置く。どうやらそのまま続けろということらしい。
 ミラはゴクリと唾を飲み込んで、改めて緑色の梨をくすぐってみた。クスクス、クスクス……また、甲高い笑い声だ。構わずにしばらく続けてみて、ミラは自分の目を疑った。目の前の大きな梨が、身を捩らせて笑っているのだ──そのままねじれて千切れてしまうんじゃないかというくらいぐにゃぐにゃになったとき、なんと、梨は大きな緑色のドアの取っ手に変わってしまった。
 「おっどろき!」フレッドとジョージが同時に声をあげた。
 「さあ、入って」キムさんが取っ手を回して隠し戸をゆっくりと開けた。「僕の悪夢へようこそ。なんて、嘘だけどね。ただ……ほとんど最低なだけ」

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